北原白秋

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大きなる 椿の樹あり あかあかと ひとつも花を 落さざりけり

花あまりに ここだつけたる 椿の枝 ひきずるばかりに 垂れにけるかも

山椿 照りおそろしき 真昼時 小僧黙つて 坂下りて来も

積藁の 上に大樹の 山椿 丹念に落す 花真紅なり

ほつたりと 思ひあまれば 地に紅く 落ちて音する 椿なりけり

大きなる 椿ほたりと 落ちしなり 屹驚するな 東京の子供

大きなる 櫓櫂かつぐと 大きなる 櫓櫂椿に つかえけるかも

積藁に こぼれ落つる椿 火のごとし すなはち畑を 風走るなり

風はしる 紅き椿を ひとゆすり 枯木十二三本 からからゆすり

風はしる 目ざめし如く あかあかと 椿一時に 耀く紅く

畑中に 紅く耀く 一本椿 椿飛び越え 風はしるなり

枯枝の 鴉吹き飛ばし 風はしる 椿耀く 耀く紅く

カンスを ひつくりかへし 風はしる 椿耀く 耀く紅く

耀く椿 前にわが立つ 一本椿 風吹け風吹け 耀く椿

冬の日を 正面に受けて やや寒く まかがやく赤き 鳥居小さしも

ここ過ぎて 幾度涙 落しけむ 一尺の赤き 鳥居の光

前うしろに 百姓種蒔く 畑中の 赤き鳥居の しみらの耀き

枯木一本 赤い鳥居と 石ふたつ これぞ陰陽神の ましますところ

夕さりくれば 一人もあらず なりにけり 赤き鳥居の 周囲の種蒔

和歌と俳句