北原白秋

25 26 27 28 29 30 31 32 33 34

のぼり来て 眼も澄みにけり 雪の原に 白樺の林 しみみ光れり

谿の秘所 雪の山原に 細り立つ 白樺の幹は 光発すなり

細木原 しろく直立つ 白樺の 木はだは清し 雪の上に立つ

ここ過ぎて 雪は空より 新たなり 山ぎはの線は いふばかりなし

北の秀の 雪に思へば 霾らし 低居る雲よ 遠く来にけり

雪の襞 眼もすさまじく なりにけり 天そそり立つ 黝き岩角

山の秀や 真澄みて青く 流れたる 稜線の空を 飛ぶ翼あり

春あさき 黄と青磁との 蒙古の市 海拉爾あたり よき気流なり

興安嶺 くだりつくして 野は曠し 赤き落日に 汽車はま向ふ

松花江 解氷未し 橇にして 船腹赤き 際まで馳る

松花江の 鱸凍れる 春早き 哈爾賓の朝の 市に行くなり

霧ふかし 頭よりかぶれる 紅き布 牛乳の壺を かかへたるらし

さすらへば 命に換ふる なにものも 売りつくしけり その愛しきを

詣づらく 朝の弥撒にし 毛の紅き 産子抱き来て 母貧しかり

太陽嶋 夕づく塔に 鳴る鐘の 影ひたすらや 振りにつつあり

露西亜びとは 都大路の 見とほしに 先づ墓地を定め 寺うち建てぬ

露西亜びとは み墓楽しと 花植ゑて 日曜は来る 椅子しつらへぬ

キタイスカヤ 昼のほのほと 職待つと 手斧かたへに 人い寝こけぬ

春早し 何の刷毛かも 丈なるを 鳥毛と立てて ベンチにはゐる

街の角 冬は日向と ひろげたる 襤褸のつぎはぎに 老媼らありき

脛の線 颯々と行く いつくしき 高踵靴見れば 春早むなり

和歌と俳句