北原白秋

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旅にして 春塵しげし しばしばも 熱きしぼりに 面をあてつつ

熊出でて 昼立ち歩く 森の街 敦化の雪も 春は解けなむ

漣や 筏を洗ふ かがやかし 解氷期近き 松花江見ゆ

流氷に 添ひつつ笑ふ 漣の 春かがやかに 果しらぬなり

春霞む ここに花咲き 我が居らば 武陵桃源の 思あるべし

北山は のどけきみ山 まろ山の 低山よろひ 匂よき山

風の音 喇嘛塔の背に 起りしが 春山なれや 照りつつ止みぬ

昼霞 青丹瓦の しづもるは 春山ゆゑに かがやかにして

旅やどり 匂やかなる 窗の外の 夕かげは見て 何をとも待つ

幽魂の 来り哭くなる 夜のほどろ 春寒にしも 酒やさめにし

飲馬江 その水のべに 飲む馬の 白きが匂ふ 霞となりぬ

雁の群 今かへるらし 雪のこる 遠山の空を わたりて過ぎぬ

榑挽は 反るとかがむと 手もゆたに 大鋸の長柄を 対ひ揺り挽く

木叉子 頬にあてて佇つ 藍の服 木根にも春は かがよふらしき

氷解け 春の池塘は 遠目にも 漣の刻み 一面なれや

春いでて こぞり耕す 鍬の刃は 漣なして かがやき流れぬ

春昼や 根黍かがやき 黒豚の 仔豚連れ去り よき霞なり

春は今 農用馬車の 野に見えて 二頭三頭四頭 早や前駆けぬ

見てよきは 春の広野に 輝きて 耕馬がたもつ 揃ふ足竝

和歌と俳句