北原白秋

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冬すでに 雲は低きを 船立てて うち出来にけり ひびくみづうみ

舘山寺 松山穏し 湖を来て ここは小春の 入江さざなみ

秋晴の 入江の水戸の さざらなみ 鷹一羽来り 屋の上にはをる

この船を すでに追ひぬき うち羽振く 鷹いさぎよし 西北の晴

奥の瀬の 引佐細江の 冬水照り 船入り進む 音はじきつつ

ほの寒き 鹹と淡水の 落合は 蛤の渚も あはれなるべし

遠つあふみ 浜名のみ湖 冬ちかし 真鴨翔れり 北の昏きに

冬いまに 居つく秋沙鴨か 波切の うちすの潟に 数寄る見れば

冬の湖に 見てゆく鴨の 沖べには つぶつぶとひたり 羽音すらなし

風や冬 とよみ飛び立つ 大族 総立つ鴨の 羽ばたき凄し

すれすれに 波の面翔る ひと列は すべて首伸べぬ 羽ばたく青鴨

羽ばたき 頻りにして 鎮もらぬかなや 立つ波を 北へ翔る鴨 南へ来る鴨

乱り立つ 鴨の羽音の 高処には すでに幾羽か 小さく飛ぶ影

水の音 ただひとつにぞ きこえける そのほかは何も 申すことなし

水の音 聴きつつをれば この林泉に 満つるこほろぎの 声もしづけき

蓮の葉の みずに影おとす うしろには 低き土橋ありて 榑の橋桁

このごとき 閑けき林泉の 日あたりは ただに眺めて 坐りてをあらむ

物寂びて なにか豊けき ここの林泉 よく聴きてあれば 朝はしづけさ

朝曇 うち対ふ山の 後空も 眼にしたしかり 鴨の飛ぶ影

本興寺の 庭はこれかと さもこそと 観てを居りけり 十月末なり

和歌と俳句