北原白秋

33 34 35 36 37 38 39 40 41 42

ちかぢかと 城の狭間より 見おろして こずゑの合歓の ちりがたの花

閑かなる 城とおもふを あはれなり 日でりはげしく 合歓ぞほめける

入母屋の 甍ににほふ 合歓のはな 犬山の城は 白く久しき

蹴爪に 岩角をつかむ 鷹一羽 その下つ瀬ぞ 青に渦巻く

岩角の 鷹黝くゐる 夕焼が いつまでも見えて この水早し

合歓の花 移ろふ見れば 夏川や 河原のい照り 時過ぎにけり

花火過ぎ 水にただよふ 椀殻は 鳰の鳥より なほあはれなり

水車船 瀬々にもやひて 搗く杵の しろくかそけき 夏もいぬめり

ふたいろの 花さるすべり おほよそに 月夜はしろし あかず遊ばむ

夏の夜は 短き藤の 実の莢の はつかに明けて 風いでむとす

松が根に そよぐ小萩の あはれさよ 莚しき竝め 子ら昼寝せり

こごし巌 恵那金剛に 湧く雲の 照りしづかにて 久しかりけり

堰きあまる 水量梢を うちひたし 空ちかづきぬ 峡のふところ

朴ならむ 岩石層に 吹きあつる 風ことごとく 光葉飜せり

もてなしと 杉の木群に 篝焚き 渓流の音に 添へにたりけり

開けはなち い寝るみ山の 短夜は 養老の滝の 音しらみつつ

舟べりに 羽ばたきあがる 鵜の鳥を 篝照らして おもしろき夜や

腰簑に 風折烏帽子 網さばく 鵜匠は夏の ものにぞありける

我が物と さばく檜綱の はらはらに 鵜匠は鵜をぞ 朝夜あつかふ

黒き鵜は 嘴黄なり そち向きに 水切りて羽うつ 火映り見れば

ほうほうと 鵜を追ふ声の 末消えて 月の入るさの 惜しき横雲

和歌と俳句