北原白秋

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草繁き 山いくつある 小峡とて 蛙のこゑの よくひびきつつ

乙宮の おもての田居に 鳴く蛙 日光しづけき 山片附けば

かへるでの さ青の明りに うつら来る 植女がひとり まろき菅笠

山方は 国上へかかる 道の端に ぬきて竝べぬ 涼し早稲苗

植ゑそめて 山田の畔の 昼餉どき 童らとよみ 早やあがり来る

あしびきの 山田の田居に 日竝下り 隣り植ゑたり 田竝びの友

あな清け 小田の山田は 植ゑなめて 目にもみどりの 風そよぐなり

ゆきかへり 見つつましけむ 国つぶり 揺りおもしろき 田うゑ菅笠

ありやとも 求め来て思ふ 道の端に 君が置きたる 黒き鉢の子

国上山 のぼりつつ来し 杉むらを 松風の音ぞ 吹きしづみたる

蔭山の 夏の小峡の 桐の花 咲きにけるかも 群杉が木間

国上の 片山蔭の 桐のはな 遠く蛙の 鳴くがしづけさ

まさしく 閑けかりけり 桐の花の 咲きあかる上に 松の音して

風そよぐ 板屋楓の 二三もと ここの庵も 夏いたりけり

山かげの 君がいほりの 跡どころ 楓あかれり 青蛙鳴き

早稲田には 雨けぶるらし 真木山の この見おろしも 蛙鳴きつつ

出雲崎は 良寛堂の 夕つかた 網かいひろげ 人かがみ居る

出雲崎 夕浪明し 我がひとり 君がみ堂に 詣でゐにけり

一色と うしろに蒼き 夏の潮 角の御堂は いつくしくして

この御堂 夕かげながら 詣で来て 廂のつまの 反りのすずしさ

この御堂 夕照りあかし 穏しくは しづけさのかぎり たもちたらなむ

出雲崎 この夕凪の はるかには 日かげ現しき 佐渡ヶ嶋見ゆ

和歌と俳句