和歌と俳句

正岡子規

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は山こえ しげ山こえて 穂麦刈る 麓の大野 見ればうれしも

なき友の 墓やはいづく かなめ垣 赤き若葉に 石も見えなく

若葉さす 市の植木の 下陰に 金魚あきなふ 夏は来にけり

大方の 寺は若葉に うづもれて 三十六峰 雨緑なり

旅にして 若葉の原を 朝行けば 空晴れわたり 風袖を吹く

さみだれの 根岸の里を 夜行けば 門のらんぷに やもり這う見ゆ

都邊に 菖蒲葺く家を めづらしみ 主をとへば 菊つくりとふ

百萬の 甍しみみに つらなりて 上野颪に 鯉あがる見ゆ

門川の 一むら菖蒲 水こえて 庭の幟に 五月雨のふる

草の屋に 蓬菖蒲を 葺きそへて 五月を祝ふ 田舎ゆかしも

司人の 薬玉かけて まかるなり 五日の節會 今はてにけん

菖蒲湯の 菖蒲にかをる 妹が手を こよひの床に 誰か巻くらん

橘の 花散る里の 紙幟 昔忍びて 鳴く郭公

古庭に 葵花咲き 床の間に 兜を祝ふ もののふの家

道のべに 捨てし刈藻の 葉がくれに 蛍光りて 小雨ふるなり

八千歳の をろち栖むてふ 古澤の 五尺の眞菰 刈る人もなし

侘びて住む 根岸の伏屋 野を近み 蛍飛ぶなり 庭のくれ竹

旅にして 道に迷ひぬ 日は暮れぬ 蛍飛びかふ 廣澤の闇

夕月の 光乏しみ 軒の端を ほのめかしても 飛ぶ蛍かな

風わたる 賤が檐端の 荵草 蛍なびきて 風鈴の鳴る