和歌と俳句

正岡子規

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薄色の 潮あみ衣 風になびき 小磯に帰る 妹今日も見つ

蜑が里に 高殿つくり 沖つ風に 旗なびかせつ 潮あみどころ

うま人の うしほあみにと 荒磯へ めこはしたつれて 琴持ちて行く

秋ふくる 潮あみ處 荒れにけり 網引く蜑の 聲ばかりして

心から 温泉は熱し 夏の日は ゆたけき海に 泳ぐまされり

須磨の浦は 砂うつくしく 松青し 南をうけし 潮あみどころ

照りつづく 土用のそらの 雨かれて 雲の峰わく 雲の峰の上

蝉の鳴く 椎の老樹の 木のうれに 半ば見えたる 夏雲の峰

峰となり 岩と木となり 獅子となり 変化となりて 動く夏雲

雲の峰 空に立つ日は 餌をはこぶ 蟻のなりはひ いそがしきかな

雲の峰 殺生石の 上に立ちて 那須野を越ゆる 旅人もなし

夕栄の 空につらなる 雲の峰 片照りながら ともくづれする

海原に 立つ雲の峰 風をなみ 群るる白帆の 上をはなれず

雲の峰 野末に立てば 道の邊の 濁れる水を 掬ぶ旅人

晝寐して 手の動きやむ うちはかなと 拙き手して 書ける團扇

雉が鳴く あづまの江戸の はい原の 焼きしるしある 絹團扇かも

天竺の 棕櫚の葉團扇 上海の 絹の繪團扇 さまざまの世や

羽團扇の 愛宕おろしの 風もかな 都大路の 今日のあつさ

枇杷の籠に 問屋の團扇 とりそへて 君が船路の さきくませといふ

君と逢ひし 昔の様を 秋風の 閨のうちはに 物語らばや

團扇めせ 水團扇めせ 絹團扇 金地銀地の 團扇めさずや

諸人の 團扇の風に 両國の 波や立つらん 舟ゆらぐ見ゆ