和歌と俳句

石川啄木

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呆れたる母の言葉に 気がつけば 茶碗を箸もて敲きてありき

草に臥て おもふことなし わが額に糞して鳥は空に遊べり

わが髭の 下向く癖がいきどほろし このごろ憎き男に似たれば

森の奥より銃声聞ゆ あはれあはれ 自ら死ぬる音のよろしさ

大木の幹に耳あて 小半日 堅き皮をばむしりてありき

さばかりの事に死ぬるや さばかりの事に生くるや 止せ止せ問答

まれにある この平なる心には 時計の鳴るもおもしろく聴く

ふと深き怖れを覚え ぢっとして やがて静かに臍をまさぐる

高山のいただきに登り なにがなしに帽子をふりて 下り来しかな

何処やらに沢山の人があらそひて 鬮引くごとし われも引きたし

怒る時 かならずひとつ鉢を割り 九百九十九割りて死なまし

いつも逢ふ電車の中の小男の 稜ある眼 このごろ気になる

鏡屋の前に来て ふと驚きぬ 見すぼらしげに歩むものかも

何となく汽車に乗りたく思ひしのみ 汽車を下りしに ゆくところなし

空家に入り 煙草のみたることありき あはれただ一人居たきばかりに

何がなしに さびしくなれば出てあるく 男となりて 三月にもなれり

やはらかに積れる雪に 熱てる頬を埋むるごとき 恋してみたし

かなしきは 飽くなき利己の一念を 持てあましたる男にありけり

手も足も 室いっぱいに投げ出して やがて静かに起きかへるかな

百年の長き眠りの覚めしごと 呻してまし 思ふことなしに

腕拱みて このごろ思ふ 大いなる敵目の前に躍り出でよと

手が白く 且つ大なりき 非凡なる人といはるる男に会ひしに

こころよく 人を讃めてみたくなりにけり 利己の心に倦めるさびしさ

雨降れば わが家の人誰も誰も沈める顔す 雨霽れよかし

高きより飛びおりるごとき心もて この一生を 終るすべなきか