石川啄木

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よく笑ふ若き男の 死にたらば すこしはこの世さびしくもなれ

何がなしに 息きれるまで駆け出して みたくなりたり 草原などを

あたらしき背広など着て 旅をせむ しかく今年も思ひ過ぎたる

ことさらに燈火を消して まぢまぢと思ひてゐしは わけもなきこと

浅草の凌雲閣のいただきに 腕組みし日の 長き日記かな

尋常のおどけならむや ナイフ持ち死ぬまねをする その顔その顔

こそこその話がやがて高くなり ピストル鳴りて 人生終る

時ありて 子供のやうにたはむれす 恋ある人のなさぬ業かな

つかれたる牛のよだれは たらたらと 千万年も尽きざるごとし

路傍の切石の上に 腕拱みて 空を見上ぐる男ありたり

何やらむ 穏かならぬ目付して 鶴嘴を打つ群を見てゐる

心より今日は逃げ去れり 病ある獣のごとき 不平逃げ去れり

おほどかの心来れり あるくにも 腹に力のたまるがごとし

ただひとり泣かまほしさに 来て寝たる 宿屋の夜具のこころよさかな

友よさは 乞食の卑しさ厭ふなかれ 餓ゑたる時は我も爾りき

新しきインクのにほひ 栓抜けば 餓ゑたる腹に沁むがかなしも

かなしきは 喉のかわきをこらへつつ 夜寒の夜具にちぢこまる時

一度でも我に頭を下げさせし 人みな死ねと いのりてしこと

我に似し友の二人よ 一人は死に 一人は牢を出でて今病む

あまりある才を抱きて 妻のため おもひわづらふ友をかなしむ

打明けて語りて 何か損をせしごとく思ひて 友とわかれぬ

どんよりと くもれる空を見てゐしに 人を殺したくなりにけるかな

人並の才に過ぎざる わが友の 深き不平もあはれなるかな

誰が見てもとりどころなき男来て 威張りて帰りぬ かなしくもあるか

はたらけど はたらけど猶わが生活楽にならざり ぢつと手を見る

和歌と俳句