和歌と俳句

石川啄木

1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15

あたらしき心もとめて 名も知らぬ 街など今日もさまよひて来ぬ

友がみなわれよりえらく見ゆる日よ 花を買ひ来て 妻としたしむ

何すれば 此処に我ありや 時にかく打驚きて室を眺むる

人ありて電車のなかに唾を吐く それにも 心いたまむとしき

夜明けまであそびてくらす場所が欲し 家をおもへば こころ冷たし

人みなが家を持つてふかなしみよ 墓に入るごとく かへりて眠る

何かひとつ不思議を示し 人みなのおどろくひまに 消えむと思ふ

人といふ人のこころに 一人づつ囚人がゐて うめくかなしさ

叱られて わつと泣き出す子供心 その心にもなりてみたきかな

盗むてふことさへ悪しと思ひえぬ 心はかなし かくれ家もなし

放たれし女のごときかなしみを よわき男の 感ずる日なり

庭石に はたと時計をなげうてる 昔のわれの怒りいとしも

顔あかめ怒りしことが あくる日は さほどにもなきをさびしがるかな

いらだてる心よ汝はかなしかり いざいざ すこし呻などせむ

女あり わがいひつけに背かじと心を砕く 見ればかなしも

ふがひなき わが日の本の女等を 秋雨の夜にののしりしかな

男とうまれ男と交り 負けてをり かるがゆゑにや秋が身に沁む

わが抱く思想はすべて 金なきに因するごとし 秋の風吹く

くだらない小説を書きてよろこべる 男憐れなり 初秋の風

秋の風 今日よりは彼のふやけたる男に 口を利かじと思ふ

はても見えぬ 真直の街をあゆむごとき こころを今日は持ちえたるかな

何事も思ふことなく いそがしく 暮らせし一日を忘れじと思ふ

何事も金金とわらひ すこし経て またも俄かに不平つのり来

誰そ我に ピストルにても撃てよかし 伊藤のごとく死にて見せなむ

やとばかり桂首相に手とられし夢みて覚めぬ秋の夜の二時