和歌と俳句

石川啄木

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この日頃 ひそかに胸にやどりたる悔あり われを笑はしめざり

へつらひを聞けば 腹立つわがこころ あまりに我を知るがかなしき

知らぬ家たたき起して 遁げ来るがおもしろかりし 昔の恋しさ

非凡なる人のごとくにふるまへる 後のさびしさは 何にかたぐへむ

大いなる彼の身体が 憎かりき その前にゆきて物を言ふ時

実務には役に立たざるうた人と 我を見る人に 金借りにけり

遠くより笛の音きこゆ うなだれてある故やらむ なみだ流るる

それもよしこれもよしとてある人の その気がるさを 欲しくなりたり

死ぬことを 持薬をのむがごとくにも 我はおもへり 心いためば

路傍に犬ながながと呻しぬ われも真似しぬ うらやましさに

真剣になりて竹もて犬を撃つ 小児の顔を よしと思へり

ダイナモの 重き唸りのここちよさよ あはれこのごとく物を言はまし

剽軽の性なりし友の死顔の 青き疲れが いまも目にあり

気の変る人に仕へて つくづくと わが世がいやになりにけるかな

龍のごとくむなしき空に躍り出でて 消えゆく煙 見れば飽かなく

こころよき疲れなるかな 息もつかず 仕事をしたる後のこの疲れ

空寝入生呻など なぜするや 思ふこと人にさとらせぬため

箸止めてふつと思ひぬ やうやくに 世のならはしに慣れにけるかな

朝はやく 婚期を過ぎし妹の 恋文めける文を読めりけり

しつとりと 水を吸ひたる海綿の 重さに似たる心地おぼゆる

死ね死ねと己を怒り もだしたる 心の底の暗きむなしさ

けものめく顔あり口をあけたてす とのみ見てゐぬ 人の語るを

親と子と はなればなれの心もて静かに対ふ 気まづきや何ぞ

かの船の かの航海の船客の一人にてありき 死にかねたるは

目の前の菓子皿などを かりかりと 噛みてみたくなりぬ もどかしきかな