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 のんびりした休憩時間が終われば、また待ったなしの慌ただしい職場に忙殺される。
  今は年に一度の社内企画の告示直前。担当部署になっているここ企画開発部は、普段の仕事に加えてそっちの作業も入ってきていて目が回りそう。
「じゃあ、この企画書を全社員にメールして。その上でコピーしたものを各部署に一部ずつ配布して来てもらえる?」
  てきぱきとした指示を受けながら、私自身も何となく気持ちがたかぶってくるのを感じていた。
  去年、そして一昨年すでに二度経験していても、未だに慣れることが出来ない。普段であれば我が企画開発部が一手に引き受けている企画提案書の原案作成を社員の誰でも参加できるようにする。もちろんいくつかの案件に限ったことになるけど、毎年各部署から斬新なアイディアが提示されてその選考はかなりの混迷を極める。
  無意識のうちに眉間を人差し指でぎゅううっと指圧してたら、不意に背後から声を掛けられた。
「どうしたんだい? 何か悩み事でもあるのかな」
  私、何か難しい顔をしていたらしい。しかもそれを指摘してくれたのが武内さんで、緊張も二倍三倍に跳ね上がる。
「いっ、いえ! でも、今年もまたこの季節が来たのかなと思ったら緊張しちゃって……」
  慌てて取り繕ってはみたものの、やっぱり舌が上手く回らない。そんな情けない私に、彼はもったいないほどの微笑みを向けてくれた。
「大丈夫だ、心配なんていらないよ。だいたい、僕らが他の部署の奴らに負けるわけはないんだから。今年もどんな強敵が現れようと、我が企画開発部の面目を保つために全力で対抗するつもりだよ?」
  それから、彼の手がさりげなく私の肩に置かれる。
「遥夏ちゃんに喜んでもらうためなら、どんな苦労も厭わないよ。ま、僕らが付いているんだから大船に乗ったつもりでいて」
  うわーっ、なんて素敵な笑顔。しかも、もったいない言葉までもらっちゃった!
  武内さんは本当にすごい人なんだよね、去年とかも他の社員さんたちが企画終盤ですっかり浮き足立っちゃっているそのときにただひとり冷静さを失っていなかった。最終日のプレゼンテーションでも落ち着き払った態度で臨み、我が部署を見事勝利へと導いてくれた。
  ああ、何て凛々しい後ろ姿。何もかもが格好良すぎる人だな。
「すっごーい、遥夏って愛されてるぅ〜!」
  久美の間髪入れないコメントに赤くなりながらも、私はどうにか社内一括送信の手続きを取る。うう、指先が震えてキーが上手く打てない。
「ちっ、違うってば。武内さんは、私だけじゃなくて部署内のみんなに向けて言ったんだから……」
  いちいちこんなに動揺してちゃ駄目だってわかってるのに、やっぱりうろたえまくっちゃう。でも久美の方はそんな私の気持ちなんてどうでもいい様子。
「あ、コピー終わったみたい。じゃあ、私はちょっくら部署巡りしてくるね」
  細々としたお使いは、いつも久美が嬉々として名乗りを上げる。
  少しでも出会いの場面を増やしたいってはっきりと言っちゃうところが彼女らしい。そして、出先で得た情報を私にも教えてくれるのね。久美には「友達」が社内にたくさんいるから。
「うん、行ってらっしゃい!」
  まだ、さっきのドキドキが胸に残っている。私はひとつふたつと深呼吸をしたあと、午前中にやりかけた仕事の続きをしようとデスクトップに貼り付けてあったファイルを開いた。
「ねーっ、遥夏?」
  そしたら。
  たった今、ドアから出て行ったはずの久美が再び現れて私を呼ぶ。
「お客さん来てるんだけど……。今、手を離せる?」
  もちろん、その言葉は部屋中に聞こえている。
  ――お客さん? しかも私に、名指しで!?
  そんなことって今まで一度もなかった。不思議だなと思いつつもパソコンをロックして席を立つ。
「え、ええと……」
  早く早く、と手招きする久美に急かされて、足早にドアの方へと進む。そして、半開きになっていたそこをすり抜けると、そこには――
「はい、今関くん。この子が遥夏よ。……じゃあ、私は仕事に戻るから」
  え〜っ、何!? 待ってよ、久美。勝手にいなくならないで……!
  いきなりふたりきりにされてしまって、戸惑うなという方が無理。恨みがましい眼差しで彼女の背中を目で追っていると、角を曲がるところで一度ニヤニヤしながら振り向いて消えた。
「あなたが、山内遥夏さんですね?」
  にこやかに私に微笑むキラキラ・フェイス。かたちのいい唇からこぼれ落ちる声までが、いちいちエコーが掛かって聞こえるのは気のせいだと信じたい。
  ええと……この人って、ラウンジで久美が説明してくれたアイドルくん、だよね? さっきは遠目だったけど、ここまで間近に来るとかなりの迫力だ。ちょうどアイドルの特大ポスターを目の当たりにした感じですごい恥ずかしい。
「え、ええ……そうですけど」
  そう答えながらも、何とも身の置き場がない感じでどうしようかと思ってた。何故、この人が私を訪ねてくるの? 訳わからないんだけど。
  かなり不審な眼差しになっていると思う私に対し、彼は少しも変わらない満面の笑みを浮かべてる。
「良かった、やっと会えた。本当に嬉しいです」
  そこでふうっと満足げな溜息を落とす。何気ない仕草なのに、思わず見とれちゃうの。すごーい、ホント、大画面映像を見てるみたい。
  そんな感じで、また気持ちが違う方向を向いていたわけだけど。次の彼のひとことにいきなり現実に引き戻されていた。
「俺、あなたの王子です。遥夏さんに会うために日本に戻ってきました」
  ――え、何それ。
  もっと大袈裟に驚かなくちゃいけない場面だったのかも知れない。だけどアメリカ帰りだという彼の言葉は、当たり前の日本語なのにすごく変だった。
「え、ええと……その」
  もしかして、この人って実は日本語にかなり不自由? 呆然としたまま一歩後退した私に対し、彼はこれでもかというほど深く頭を下げてくる。
「遥夏さん、俺の彼女になってください。お願いしますっ!」
  今度こそ、これは絶対にあり得ないぞと思った。一度、彼の方を見て、それから周囲をぐるりと見渡す。これって、どんな「どっきり」? どこかに見物客でもいるんじゃないの、しかも大勢。
「あ、あの……その……、い、今関、くん?」
  だけど。
  残念ながら、いくら待っていても私が想像したような状況にはならなかった。相変わらず、廊下には彼と私がふたりきり。しかも彼はほとんど九十度に腰を曲げたまま。
「一体、これってどうなっているんでしょうか。私、全然話が見えないんですけど」
  目の前の彼、確かに「王子」というイメージだとは思う。でも、「あなたの王子です」ってどういうこと? いきなり変なこと、言い出さないでよ。
「あ、頭を上げてくれませんか?」
  それでもまだ動かない彼に困り果て、私は再度声を掛けていた。そしたら、その言葉でスイッチが入ったみたいに今関くんはぴょんと顔を上げて、可愛い笑顔をこれでもかというくらい見せつけてくる。
「じゃあ、OKしていただけるんですねっ!?」
  いや、それは違うから。何でそういう話になるの。
「いいえっ! ごめんなさい、それはお断りします」
  どう見ても普通じゃない感じだったしね、それに私は……ここで「はい」と言うことはそもそも無理だわ。
「え、どうして……」
  綺麗な顔が、わかりやすくぐにゃりと歪む。とたんにじわ〜っと悲しみが周囲に流れ出して、まるで私がすごく悪いことをしているような気分になった。
「急にそんなことを言われても困ります。それに私……今現在、お付き合いをしている方がいますから」
  一応、真面目に対応したんだよ。絶対におかしいとは思いながらもね。でも彼、私のその言葉を聞いても全く表情を変えないの。
「それって、あなたと同じ企画開発部にいる武内和之さんのことですね。そんなことは最初から知っています。でも、遥夏さんには彼よりも俺を選んで欲しいんです」
  何なのそれ、全然話が繋がってないじゃない。
「ごめんなさい、そんなこと無理です。……あの、私もう戻ってもいいですか?」
  悪いけど、これ以上変な冗談に付き合っている暇ないの。アメリカ帰りのエリートさんにはわからないかも知れないけど、下っ端雑用係の私だって、それなりに忙しいんだからね。
「どうしてですか、遥夏さん。何で俺を選んでくれないんですか!?」
  言ってることは支離滅裂、でも今にも泣き出しそうな顔を見ているとどういうわけか彼の言い分の方が正しい気がして来るから不思議。
  ……いやいや、そんなはずないでしょう。駄目だよ自分、惑わされちゃ。
「これ以上、こんなお話には付き合っていられません。私、勤務中ですから」
  ちょっときつい言い方になっちゃったと思う。でもそれも仕方ないでしょう、この人って全然話が通じない。何を言っても無駄なんだもの。
「――俺、諦めませんからね」
  そう言って睨み付ける眼差し、震える唇が私を責め立てる。
「また出直します、あなたが僕を選んでくれるまで絶対に諦めませんから。覚悟していてください」
  最後の最後まで意味不明。呆然とその場に立ちつくす私を残して、彼はエレベータホールへと消えていった。

 

つづく (100904)

 

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