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「え〜っ、何それ! 絶対にあり得ないっ、信じられないから……!」
  周囲に丸聞こえな大声で叫ぶ久美に、私は慌てて「しーっ!」と注意した。一応パーティションで区切られているとは言ってもね、この給湯室は内緒話には向かない場所なのよ。
「そ、そりゃあ……私だって、もちろん冗談だと思っているわ。しかも、かなりたちの悪い、ね」
  社内巡りから戻ってきた久美は、当然ながらすぐに尋問を開始した。ちょうど三時のお茶出しの時間だったこともあって、大義名分ができて良かったと思ってるのかも。でもなあ、あんなに嫌な気分にされたのに、それをすぐに蒸し返されるっていただけない。出来ればしばらくは遠慮したいんだけど。
「うんうん、それは私にもわかる。彼って、かなりお茶目な性格なのかもね」
  当然のように同意されて、ほんのちょっとだけ傷ついた。そりゃあさ、誰がどう見てもまともじゃないわよ。でも、ここまでばっさり言ってくれなくてもなあ。
「お茶目って……そんな可愛らしいものじゃないって」
  確かに間近で話をした彼は、あれだけ失礼なことを言われても許せちゃうくらい完璧に素敵だった。でもなあ、やっぱり迷惑なことには違いない。
「うーん、でも信じられないな。遥夏だけが仕事運も恋愛運も絶好調なんて、ずるすぎるよ」
「……あ、久美ってば! こぼれてるっ、よく見てよ」
  気持ちが全然違う方向に行っちゃってるからか、さっきから久美の手元は狂いっぱなし。せっかく注いだお茶のほとんどが湯飲みを外れてトレイの上に直接流れ落ちてる。
「うわっ、ホントだ。ごめんごめんっ!」
  こんな風に根掘り葉掘り聞かれるのはちょっと困るけど、それでも同じ部署に久美がいてくれて本当に良かったと思う。あんなとんでもない出来事、自分ひとりで抱え込んでいたら気が変になりそうだわ。こうして一緒に笑い飛ばしてくれる仲間がいる私はすごく幸せだ。
「あれ、何だか楽しそうだね?」
  と、そのとき。パーティションの間からひょこっと顔を覗かせたのは……うわっ、武内さんだ!
「何をそんなに盛り上がっているの。早くしないとお茶が冷めてしまうでしょう?」
  軽く諫めながらも、決して笑顔を絶やさない彼。どんなに忙しい状況でも、いつも落ち着いて行動してるすごい人だ。
「だって〜大変なんですよ。そうそう、武内さんも聞いてくださいよっ!」
  えっ、いきなり何を言い出すのっ! 止めてよ、久美。それだけは勘弁してっ。
「いっ、いえ! 何でもないっ、本当に何でもない話なんです!」
  慌ててその口を塞いだ私。
  あまりにも力いっぱい否定したからかえって不自然だったかな。そんな私たちを興味深そうに眺めてから、武内さんは「じゃ、僕の方も時間だから」って言う。
「あれ、もしかしてお出かけですか?」
  こういうときに私の台詞を持って行っちゃうのが久美。本当は私が先に声を掛けたかったのに、いつもタイミングを逃しちゃう。
「うん、部長のお供でね。ほら、この間のS物産のイベント企画がウチに決まりそうなんだ。今日は最終のツメ、さすがに緊張するな」
  全然そんな風には見えないんだけどね、気さくなところもちらっと覗かせてくれるところがまた素敵。
「今夜も遥夏ちゃんと出かけられなくて、本当に残念だ。でも近いうちに必ず、ね。楽しみにしてるよ」
「……はっ、はい!」
  ぼーっと見とれてたら、隣の久美に肘で突かれちゃった。それでハッと我に返って、慌てて返事をする。あーもうっ、こんなじゃまた減点だわ!
「じゃあ、あとはよろしくね」
  後ろ姿も決まりすぎ、どうして武内さんってどこから見ても隙がないんだろう。髪型もいつもかっちり決まってて、寝癖でどこかが飛んでいるとか絶対にあり得ない。
「……あー、こうやって比べると、やっぱり武内さんに軍配が上がるわ。何だかんだ言っても、大人の魅力には敵わないわよねえ……」
  そんな風に断言してくれる久美のことを本当に頼もしく思っていたのに。数時間後、私は彼女に裏切られることになる。

 お茶出しのあとはさくさく仕事が進んで、今の時期には珍しく残業一時間で解放された私たち。久しぶりに一緒にごはんでも食べに行こうかと話がまとまった。
  そうなの、職場ではこんなに仲良しの私たち。でもアフターは別行動を取ることが多いんだ。「出会い」を求めて奔走する久美は合コンに誘われればホイホイついていくし、知り合いに「いい人紹介するよ」と持ちかけられてすぐにその気になる。
  最初のうちこそはそんな彼女に付き合っていた私も、途中から無理をするのを止めたの。乗り気じゃない場所についていってもどんな風にしていいか分からないし、冷やかしみたいになっちゃったら他の人たちに迷惑だしね。でも久美のことはちゃんと認めているつもりだよ。
  私だって「彼氏が欲しい」って気持ちはあった。でも久美みたいには頑張れない、あんな風に他の人を押しのけてまで前に出ないと駄目なんて、自分にはちょっと無理だなって思った。
  彼女に言わせれば、私のそんな風におっとりした態度が気に入らないってことになっちゃうけど。
「うーん、どこにしようか。この前新装オープンしたパスタのお店も、一度行ってみたいんだよな〜」
  携帯を操作しながら、久美は情報収集に余念がない。黙っていても美味しいお店を見つけてくれるから、いつもお任せしちゃう。
「――あれ?」
  ビルの一階エントランスまでたどり着いたとき、前を行く久美が足を止める。
  私よりヒールプラスで十センチも背が高いからその分視界も広い。そんな彼女が伸び上がって何かを見てる。
「ねえ、あれって今関くんだよね? 誰かと待ち合わせでもしているのかな」
  うわっ、本当だ。あれはまさしく数時間前に私の目の前に現れて、言いたいだけ言って去っていった彼だ。え〜っ、嫌だ。今はまだ顔を合わせたくない。しかも、こんな人通りの多い場所で絶対に困る。
「くっ、久美! 早くごはんに行こうよ。遅くなると混んじゃうと思うし」
  どうにか気を逸らそうと試みるのに、彼女の視線はその場所に釘付けになったまま。まあ、無理はないわよね。彼の前を通り過ぎる女性社員は、ひとり残らず意識してる感じだもの。こうやって、ただ立っているだけで絵になる姿、絶対に目の保養になる。
  そうよ、私だって。もしあの一件がなかったら、他の人たちと同様に見とれていたと思うわ。
「――あっ、遥夏さん!」
  どうにか見つからないように通り過ぎようとしたのに、私の祈りも虚しく背中に声が飛んでくる。そうかあ、必死に久美の陰に隠れていたけど、もしかしてそっちをチェックされちゃったのかもね。
「良かった〜、なかなか出てこないから先に帰っちゃったのかと諦めかけていたんです」
「はるか」なんてありがちな名前、何も私が呼ばれていると決まったわけじゃないわ。そう自分に言い聞かせて、すたすたと出入り口へと歩いていく。でも彼、嬉々として後ろから追いかけてくるの。
「……ねえ、話だけでも聞いてあげた方がいいんじゃない?」
  こっちはあくまでも無視を決め込むつもりだったのに、駄目みたい。私に耳打ちしてきた久美はウキウキと興味深そうに微笑んでる。
「こうなったら、昼間の真相を聞き出しちゃおうよ。大丈夫だって、私も一緒なら絶対に変には思われないから……!」
  って、違うでしょ、久美。これは絶対「スーパーアイドル」な君とのひとときを楽しみたいってもくろみだな。
  しかも私は同意したつもりないのに、さっさと彼の方へと向き直ってるし。
「あーっ、今関くん? 遥夏に何かご用かしら」
  ……久美、声のトーンがいつもと全然違う。しかも心なしか上品な言葉遣いになっちゃって、本当にわかりやすいんだから。
「あ、あなたは昼間の。その節は、大変お世話になりました!」
  対する彼も、ものすごーく嬉しそうに微笑んじゃって。ああっ、そうやって無意識を装って久美を悩殺するのはやめて! 駄目だってば。
「ええ、私は佐藤久美。遥夏とは同期入社で、ずっと一緒の部署で働いているの」
  何だかいきなり自己紹介までしてますけどっ。ねえっ、早いとこ本題に入ってよ、そして話を切り上げてほしい。
  こんな風にふたりが向き合って会話している間にも、その脇をすり抜けていく人たちがちらちらと視線を投げかけていく。うわっ、相当に目立ってるよ、これ。
  少し離れた場所から話の推移を見守りつつも、どうにも身の置き場のない私。しかもイケメンくん、さらにとんでもないことを言い出すの。
「そうですか、久美さん。もしもよろしかったら、これからみんなでお食事にでも行きませんか? 何なら、俺の友達を誘ってもいいですよ。うーん、そうだな。剛、須貝剛なんてどうです? 今さっき、ここを通り過ぎたばかりですから、すぐにつかまると思いますよ」
  なっ、何なのそれ! しかも久美、すっごい乗り気になっているし。
「ええっ! 営業部の出世頭、あの須貝さんとお食事っ……!」
  そして彼女、いきなり私の方を振り向いて。
「いいわよねっ、遥夏! ここは是非、ご一緒させていただきましょう」
  断るなんて、とても出来なかった。だって、久美の私を睨み付ける目は否定の言葉を一切受け付けてもらえなそうな感じだったもの。

 

つづく (100905)

 

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