TopNovel待ちぼうけ*プリンセス・扉>待ちぼうけ*プリンセス・28



1/2/3/4/5/6/7/8/9/10/11/12/13/14/15/16/17/18/19/20/21/22/23/
                  
24/25/26/27/28/29/30/31/32/33/34/35/36/37

   
 今日の進行、午前中に三組、午後から二組の発表。それぞれの入れ替え時にはしばらくの休憩が入る。お昼にはお偉方や来賓の方にお弁当やお茶を配らなくてはならないから、そのタイミングも間違えないようにしなければ。
  そんな風に頭の中で今後のスケジュールを思い浮かべると、自然に姿勢がピンとする。今までは疎遠になっていた企画開発部の人たちも、今日はおのおのの持ち場に別れて主催側の一員となっていた。久美は受付の係、側を通り過ぎるとき私にだけわかる目配せをしてくれる。
  ―― そうだよ、久美のことだけは守らなくちゃ。
  もしも私がいなくなれば、次のターゲットとして真っ先に候補に挙がるのが彼女じゃないかと考えてる。久美にはミーハーなところがあるし、もしも武内さんに声を掛けられたら、私の元彼だったことなんて少しも気にせずに舞い上がっちゃいそう。
  だから、須貝さんには頑張ってもらわなくちゃ。何があっても久美が揺らがないように、がっちり心を掴んでほしいなあ。そうしてくれれば、私にはもう何の未練もなくなる。
  そう思いながら、ついつい目が行ってしまうのが関係者席。そこには今日の発表者とそのサポートに回る人たちが座っている。そして、今関くんのとなりには、何故か今日も秘書課の宮田さんが。
  ―― いったい、どういうことなんだろう……。
  原則として発表者のサポートは同部署の社員が当たることになっている。なのにどうして彼女が。そして発表の最中だというのに、さっきからしきりに今関くんに話しかけていた。
  それを軽くかわしながらも、迷惑そうな顔をするわけでもない彼が許せない。はっきり言って目立ってるよ、あなたたち。発表者の方に失礼だとは思わないの?
  ……ああ、駄目だ。きっと私、今すごく険しい顔になってる。そうだよそう、自分の役割に集中しないとなのに、あのふたりにばかり目が行ってどうするの。
「山内さん、お弁当が届きました」
  不意に背中から声が掛かる。そこでハッとして我に返った。
「はい、すぐに行きます」
  ―― 何、私。まるで小姑みたいになってる。すごい、最低な感じ。
  実はね、昨日の夜。今関くんから電話が来たのに無視しちゃったんだ。そしたら、律儀にも留守電に「話したいことがあります」ってメッセージが入ってた。でも、それにも知らんぷりしちゃったんだよね。
  あんまりにも大人げないとは思う。でも、いったいどんな顔をして対応すればいいっていうの? 私は彼よりも「お姉さん」、だからしっかりしたところを見せなくちゃ駄目だ。間違っても我を忘れて取り乱したりは良くない。だから……今、接触するのはまずいと思うんだ。
  ―― いいじゃない、どうせすぐに消える人間なんだから。
  私に会うために戻ってきたなんて、嘘ばっかり。すぐに別の女の子に目移りするんだから、絶対に信用できない。どこまでも誠実そうにしていたのに、ここに来ていきなりだもの。もしかして、化けの皮が剥がれたってこと?
  ……まあ、私と宮田さんだったら、最初から勝負は見えてるよなあ……。

 今の三組目の発表が終われば、昼食を挟んで残すところあと二組。くじ引きの結果、トリが今関くんのチームで、そのひとつ前が武内さん。……何というか、すごく因縁めいていると思ってしまうのは私だけ?
  午前中の発表もそれぞれに素晴らしいものだったけど、やはり出席者の興味が集中しているのは連続優勝を重ねている企画開発部率いる武内さんと、ニューフェイスの今関くんだと思う。
  もちろん私も、ふたりが全力を出し切ってくれることを祈ってる。……別に私が心配することではないような気もするけど……。
  台車に乗せて運ばれてきたお弁当を、廊下に置いた長机の上に並べていく。ペットボトルのお茶とセットで配ることになっているけど、数はちゃんと合っているかな? もう一度確認した方がいいかも。
「そっち、持とうか?」
  不意に目の前が暗くなる。差し出された腕に戸惑いながら顔を上げると、そこには予想したとおりの人物が立っていた。
「ここまでの進行はまずまずってところだね、本当にご苦労様」
  ―― 武内、さん。
  何で今、急に目の前に現れるの? まるで私の気持ちが混乱しているのを察知したみたい、知られすぎている気がしてすごく怖かった。
「あ、ありがとうございます! でもっ、武内さんはご自分の発表に集中してください。こちらは大丈夫ですから」
「え、そう? 遠慮することなんてないのに」
  一寸の乱れもない笑顔、そこには揺るぎない自信が感じられた。この人は自分が負けるなんて絶対に思っていない、いつでも勝利を掴み取ることだけに集中しているように見える。
「無事に今日の社内企画が終了したら、ゆっくり食事にでも行きたいな。もちろん、ふたりきりでね」
  舐めるような眼差しが、私の頬を辿っていく。
  武内さんは、結局何もわかっていない。……というか、そもそも最初から私の意思なんてまったく計算に入れていない感じだ。言われたとおり素直に行動すること、それが彼に望まれるためのすべてだと思う。
  ……だけど、だからといって、あのような行いを許すわけにはいかないよね。
「じゃ、またあとでね。良い返事を期待しているよ」
  そのとき、ふと考えた。
  もしも、私が武内さんの希望どおりに行動すれば、少なくとも他の被害者を出すことはなくなる。少し前まではあまりに恐ろしくて考えもつかないことだったけど、彼や彼の仲間の暴走を止める手だてが思い浮かばない現状では、私にできる唯一のことのような気もしてくる。
  武内さんはそこまで予想して、私を選んだのだろうか。そう思うともう、悲しんでいいのか喜んでいいのかまったくわからなくなってくる。
  ―― もういい、あとのことは今日のすべてが終わってから考えよう。
  仕事に集中しなければならないのに、さまざまな雑音が気になって仕方ない。それでもどうにか予定どおりの進行をこなしているが、このまま最後までやり通せるかも不安になってくる。
  ―― 駄目駄目、とにかくは目の前のことに集中しなくちゃ。
  どうにかして雑念を振り切ろうと頭を左右に大きく振ったところで、背後から再び台車の音が聞こえてきた。
「あ、ありがとうございま……」
  先ほどと同じ、正面受付の女性社員さんがまた運んでくれたのか。振り向いてお礼を言いかけたところで、私はそれ以上の言葉が出てこなくなっていた。
「あんたって、本当に馬鹿な女ね。まったく、見ちゃいられないわ」
  ……え、どうして。
  何で、この人がここに。だってさっきまでは関係者席で今関くんのとなりに座っていたはずなのに――
「未だに和之に未練があるの? それって、どうかしてると思わない?」
  和之、っていうのは武内さんの下の名前。それをあっさりと呼び捨てにしてしまう彼女は、彼の元カノの……宮田さん。
  それから彼女は、怒りの色をはっきり滲ませた瞳で私を睨み付けた。すくみ上がるほどの恐ろしい形相なのに、それでもとても綺麗。やっぱり、美人ってあらゆる意味で得をしているんだなと実感する。
「まあ、……正直なところは、あんたが彼らにボロ雑巾みたいな扱いをされるところをじっくり拝ませていただきたいんだけど。今はそうも言っていられない状況なのよね、残念なことに」
  それから宮田さんは、私の脇をすり抜けながら低くくぐもった声で言う。
「これから私のすることは、あんたの為じゃないからね。それだけは肝に銘じておいて欲しいわ」
  いったいその言葉が何を指し示しているのか、それがまったくわからない。
「勘違いで感謝なんてされたら、気色悪いもの」
  さらに意味不明の一撃。私が対応もできずにいるうちに、彼女はさっさとどこかに消えていた。するとそれと入れ違いに、お弁当の配布をするために頼んでおいた人たちがやって来る。
「遅くなってすみません、山内さん。こちらから運んじゃっていいですか?」

  それからしばらくは、忙しい時間を過ごしていた。そして、すべてのお弁当が行き渡ったことを確認してホッと一息。そうだ、今のうちに私も昼食をとっておかなくちゃ。でも、まだ全然おなかが空いていない。……というか、正直なところ身体の感覚が少しおかしくなっているみたいだ。
  それでもどうにか落ち着けるところを探そうと、自分のお弁当とペットのお茶を手に歩いていく。そして、角を曲がったところで出会い頭にもうひとつの人影とぶつかりそうになった。
「あっ、すみません―― 」
  そこでまた、私は次の言葉を失うことになる。どうしてこんな短い間に、予想もしなかった相手と次々に遭遇する羽目になるんだろう。
「遥夏さん」
  彼の目は少し怒っていた。だけどそれは先ほどの宮田さんのように毒々しい憎しみのこもったものとは違う。「怒り」という感情にも幾通りもの種類があるのかも知れないなと、こんなときなのにぼんやりと考えていた。
「どうして電話に出てくれなかったんですか、あれって故意に無視しましたよね? 俺からだってわかって、それで電源を切ったんでしょう」
  その言葉が昨晩のことを指し示していることはすぐにわかった。自分でもかなりわざとらしかったとは思う。液晶画面で今関くんからのコールだと言うことを確認した上で、わざと電源を落としたんだから。
  だけど……それ以外に、どんな方法があったというの?
「どうしてって、……別に話すこともないと思ったからよ」
  取り立てて気持ちを隠す必要もないと考えて、思ったままを口にする。そして、さらに言葉を返そうとする彼を強引に振り切った。
「私、急いでいるの。言いたいことがあるなら、あとにしてくれる?」
  きっぱりと言い切れば、そこで終わりになると思った。彼にだって、午後の発表の準備があるはず。こんなところで油を売っていていいわけはない。
「いいえ、それはできません」
  でも次の瞬間、私の期待はあっけなく裏切られる。今関くんはそうするのが当然のように、強引に私の行く手を塞いだ。

 

つづく (110407)

 

<< Back     Next >>

TopNovel待ちぼうけ*プリンセス・扉>待ちぼうけ*プリンセス・28