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 コール三回、これはなかなかのタイミングかな。さすが営業職、その点はきちんと押さえているみたい。
『はい、今関です』
  いつの間にか聞き慣れていた声がスピーカーから聞こえてくる。携帯電話って、相手の声が結構広範囲に聞こえるもんなんだよね。電話口で対応してるのは久美なのに、私の耳にも彼の声がはっきり響いてる。
「あー、今関くん? 私、久美だけど」
  私たちのすぐ脇を、賑やかな集団がざわざわ通り過ぎていく。慌てて携帯を自分の耳に近づけた久美は、次の瞬間、少し険しい顔になった。
「ちょっとぉっ、聞いてるの? 私、今関くんに聞きたいことがあるんだけどさー」
  こういうときって、どうしたらいいのか困るよね。電話の向こうの相手も自分の知り合い、でも今は会話に加わってない状態。少し離れて見守っていた方がいいかとも思うけど、それじゃよそよそしすぎるかな。
『ええと、……どのようなご用件でしょうか』
  久美が手招きするから、仕方なく側による。そしたら、あまりにも他人行儀な彼の言葉が耳に届いた。
「ご用件も何もっ! そのっ、須貝さんのことなんだけど。ああっ、こんな風に電話越しじゃ埒があかないわ。ねえ、これから会えない? どこにいるのか教えてくれたら近くまで行くから、ちょっと時間作ってよ」
  ……いや、久美。それって、あまりに強引すぎるのでは?
  案の定、電話の向こうでも今関くんが困っている。
『すみません、今夜は無理です。また、日を改めていただけませんか?』
「えーっ!? それって、どういうことっ?」
  道行く人が思わず振り返るほどの大声で叫ぶから、もうびっくり。私は慌てて久美の上着の袖を引っ張った。
「……ちょっ、待ちなよ! もしかして、今は手が話せない状態なのかも知れないよ。掛け直した方がいいって」
  わかってないのかな、久美は。今関くんが、すごいビジネスライクな話し方になってるの。私たちよりも年下である彼は普段からとても丁寧な対応をしてくれるけど、今はそれとも少し違う気がする。
  ―― まるで、知り合いと話していることを自分の周囲にいる誰かに悟られたくないような……。
『大変申し訳ございません、ただいま取り込み中でしてこちらでは対応しかねます。その件につきましては、お手数ですが直接担当の者にお問い合わせください』
「何よぉ〜っ、あんたねえ……!」
  今関くん、本気で困っているみたい。それなのに久美はまったく空気が読めてないって言うか、完全に突き抜けちゃったっていうか。
  ああ、もう駄目。これ以上会話を続けることは無理だわ。
「ほらっ、久美! ちょっと、それっ、こっちに貸して……!」
  ふたりの会話にいきなり割ってはいるのはどうかと思った。でも仕方ないじゃない。このまま暴走する久美をただ眺めているのは無理だよ。
「ごめんなさいっ! その、今関く……」
  携帯を取り返そうと必死に延びてくる久美の気合いはいりまくりな真っ赤なデコ爪をかわしつつ、私は電話の向こう側にいる人に向かって叫んでいた。……というか、叫びかけたのだけど……
「……え……?」
  次の瞬間、とても不思議な現象に陥っていた。
  大通りの向こう側、ショップビルの正面に取り付けられている巨大仕掛け時計。それが、七時ちょうどを告げるためにゆっくり動き始めた。軽やかなオルゴール音、待ち行く人々は皆ふと足を止めてそちらを振り返る。
  毎朝毎晩必ず通る道なのに、タイミングが合わないとなかなか出会えないシーン。ちょっとラッキーかも、とか思わず考えてたんだ。その直前まで、自分が何をしていたのかも忘れて。
  ―― でも……
「あっ、……あれっ!? ちょっとぉっ、遥夏……っ!」
  仕掛け時計が呼び寄せてくれなかったら、決して視線を向けなかったその場所。時計の真下を歩いているのは、嫌でも目に付くふたり連れ。
「ええと……あの人、秘書課の宮田さんだよね? うん、武内さんの元カノの―― 」
  そんなの、わざわざ解説してくれなくたってわかるよ。私って、無駄に視力が良かったりするし。
  才色兼備揃いの秘書課の中でも、男性社員にイチオシ人気の彼女。すらりと長身でスタイル抜群、しかも嫌みすぎない女性らしさが魅力の秘訣みたい。
  でも、どうして彼女と……
『……え、遥夏さん……?』
  自分に向けられた問いかけには答えず、私は静かに耳から携帯を離していた。だけど駄目、鼓膜を震わせる近すぎるオルゴール音が頭から離れない。
「何あれっ! どういうことっ、今関くんっていったいどうなってるのよっ……!」
  すぐ側にいる久美の声も、何故かとても遠く感じられる。
  仕掛け時計の下、秘書課の宮田さんと仲睦まじく連れ添っているその人こそ、たった今、久美の携帯の向こう側で受け答えしている今関くん本人だったのだ。

 なんかもう、頭がごちゃごちゃ。
  その後、久美も急に大人しくなっちゃって、ふたりとも気持ち悪いくらい無言。ちょっと前までは「今夜は飲んで歌って憂さ晴らしー!」って勢いもどこかに消えていた。
  結局、改札口を抜けたところでお互いの路線ホームに別れて、それぞれの家路へ。私、自分でもびっくりするくらいぼんやりしていたらしく、もうちょっとで自宅最寄りの駅を通過する通勤特快に乗り込んでしまうところだった。
  ―― どうして今関くんが宮田さんと……?
  確かにどこから見てもお似合いのふたりだった。あまりに完璧に絵になっていて、彼らが知り合いだってことも忘れてうっとりと見惚れてしまうほど。並んで歩いていても、誰もが納得って感じだ。
  つり革に掴まりながら揺れていると、ガラスに映る自分の姿が嫌でも目に飛び込んでくる。どうしても比べちゃうよ、自分と宮田さん。いや、別に彼女が今関くんと一緒だったからじゃないよ。それより、武内さんの元カノ……らしいっていう情報が気になってる。
  そりゃあ武内さんだったら、さっきの今関くん以上に宮田さんとお似合いだとは思う。しっとり大人で落ち着いているカップルとして、道行く人の視線を釘付けにしそう。本当に付き合ってたのかな、いったいどうして別れちゃったの? 本人に直接訊ねたことがないから真相はわからないけど、本当だったとしたらすごく謎だ。
  だいたい、どうして武内さんは私を選んでくれたの? 久美からは耳にタコができるくらい同じ質問をされたけど、たぶん他の人たちも皆不思議に思っているはず。
  ―― でも、そんなことって……彼を前にしたら聞けないよなあ……。
  目の前の私、お世辞にも美女とは言えない。どうにか十人並みかなとは思うけど、そこまでがやっと。だから、今の状況こそがありえないんだよね。あの武内さんから「付き合おう」って言ってもらえて、その上に人気急上昇の今関くんも、なんて。
  何かがおかしい、だからきっとどこからか崩れていくのかも知れない。
  しばらくの間、路線と並行して走っていた高速道路が、やがて滑らかなカーブを描いて遠ざかっていく。いつまでも幸せは続かない、現状維持なんてあるわけはない。まるでそのことを私に、知らしめようとしているみたいに。

 駅を降りたところで、携帯が鳴りだした。バッグの中を手で探りかけて、ちょっと手元が止まる。
  ―― もしかして、これって……今関くん?
  あのとき、一瞬だけど目が合った気がした。まあ、それも私の思いこみかも知れないけどね。何だろ、さっきのことを何か言い訳しようってこと?
  でも、おあいにく様。私は全然気にしてないんだから。いいじゃない、別に私たちは付き合っているんでもなんでもないんだよ。こっちとしてはむしろ、今関くんが他に目を向けてくれた方がずっといい。
「……あれ?」
  そうやって考えていた時間は、ゼロコンマ何秒? 携帯ストラップに指を引っかけて取り出したところで、私はようやく電話の主が誰かを知った。
『ちょっとぉーっ、どうして居留守使ってんの! さっさと出なさいよっ、出なさいってば……!』
  なんだ、久美だったのか。別れ際には放心状態っぽかった彼女だけど、あっという間にテンションが元通りになってる。
『私さー、あれからいろいろと考えていたんだよね。でも、全然腑に落ちなくて。だいたい何なの、あいつっ! 自分から遥夏のことを誘っておきながら、どーして別の女とツーショット? これって、裏切りだよねっ、そうだよね……!』
  うっわー、いきなりエンジン全開だ。まあ、これがいつもの久美なんだけどね。
「え……でも、別にいいよ。私は何とも思ってないし」
  ガンガンわめき立ててくる彼女に対して、驚くほど冷静な私。そうだよ、そう。今関くんとなんて、最初から何でもなかったもの。そりゃ、ずいぶんと変わり身が早いなあとは思うけど、彼がどんな性格だろうと私には関係ないわ。
『あれって、絶対そうでしょ! 自分が他の女といい感じになったから、須貝さんと私のことが邪魔になったんだよ。だからって、あんな態度はないと思う! 何さ、ちょっとばっか人気があるからっていい気になっちゃって。まー良かったよね、遥夏もっ。こっそりフタマタとかかけられたら最悪だったし……!』
  これって、歩きながらしゃべってるんだよね。いいのかなあ、こんな大声で。
  久美の自宅があるのって、閑静な高級住宅街。いかにもブルジョアってイメージなんだけど。絶対に浮いていると思うんだけどなあ、……大丈夫かしら。
「だから、もういいって。この話は、もうやめよう」
  そう吐き捨てた言葉通りに、本当にどうでもいい気分になっていたんだ。
  最初から最後まで、まったくつかみどころのない人だったよね。でもなんて、呆気ない幕切れ。気のある素振りを見せておきながら、もっといい相手が現れたらあっという間にお役ご免? そういうのって、性格最悪だと思うけど。
「ごめん、久美。そろそろ家に着くから切るよ?」
  ようやくこれで元通りの日々が戻ってくる。これって、すごく嬉しいことだと思う。明日からの私、きっととびきりの笑顔になれるよ。

 

つづく (101209)

 

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