TopNovel待ちぼうけ*プリンセス・扉>待ちぼうけ*プリンセス・7



1/2/3/4/5/6/7/8/9/10/11/12/13/14/15/16/17/18/19/20/21/22/23/
                  
24/25/26/27/28/29/30/31/32/33/34/35/36/37

   
 天気は絶対に雨。できることならバケツをひっくり返したような土砂降りになって欲しい。
  そんな私の願いも虚しく、土曜日は朝から雲ひとつない上天気だった。待ち合わせ場所に向かう足取りも重く、許されるならこのまま回れ右をして部屋に戻ってしまいたい。
「―― あっ、遥夏さん。こっちです!」
  駅前の噴水広場は人待ち顔の若者たちで溢れかえっている。きょろきょろと周りを見渡す人たちにぶつかりそうになりながら進んでいくと、噴水の向こう側で手を振る今関くんの姿が見えた。
「良かった。なかなか来ないから、俺が場所を間違えたのかと不安になりかけていたんです」
  そういえば、まだ久美や須貝さんの姿は見えない。久美ってば、あんなに気合いを入れてたのに、まさか寝坊とかそんなんじゃないよね。
「今日の遥夏さん、すごく可愛い。いつものスーツ姿も素敵だけど、こっちもとても似合ってます」
  や、やだっ。何うっとりと眺めているのよ……!
  チノの膝丈パンツに、花柄のキャミワンピ。しかも手持ちの服の中で一番地味なものを選んできた。だって、間違ってもオシャレしてるとか思われたくないもの。思いっきり気が抜けたみたいにしちゃったんだ。
「……そ、そんなじゃないし」
  どうもこの人といると調子が狂うんだよな。人なつっこい笑顔で見つめられると、自分がとてもいい人になったような気がしてくるの。でもでも駄目、これはきっと「作戦」なんだから。私のこと、騙そうとしたってそうはいかないわ。
「今関くんこそ。まるで大学サークルの新歓コンパにでも出席するみたいじゃない」
  カラフルなシャツにたぼたぼのGパン。バスケットシューズみたいなスニーカーは上の部分を折り返して裏側の模様を見せている。こういうのって、中高生に人気な男性タレントが身につけているファッションだよな。
「え? そうかなあ。でも、遊園地だったら、これくらい弾けてもいいかと思って」
  まあ、いいんだけどね。実際、すごくよく似合ってるし。
「それにしても、久美たち遅いなあ……」
  わざとらしく携帯を取り出して操作してみたけど、メール着信なし。せっかく「本当は行きたくなんかなかったんだからね」という気持ちを効果的に示すため、待ち合わせ時間ギリギリにやってきたのに。それがどうして、逆にメインのふたりを待つ羽目になるのよ。
「……あーっ、遥夏! 今関くんっ! ゴメ〜ン、遅れたかなっ!?」
  そこにようやく久美が登場。でもね、彼女の姿と手にしていた大荷物を見て、さすがの私も度肝を抜かれた。
「良かった、須貝さんはまだなんだ。……じゃ、わかってるわね。ふたりとも、私が時間に遅れたことは絶対にナイショよ!」
  なんか、ずいぶん調子いいんですけどっ。それに、……その……
「あのさ、久美。今日はかなり気合い入ってない?」
  いや、これは絶対に突っ込むべきだろう。素知らぬふりでスルーなんて絶対に無理っ!
  いつそんな服買ってたのよと首を傾げたくなるほどのヒラヒラフリルたっぷりのワンピ、乙女っぽいピアスにじゃらじゃらのネックレスを幾重にも巻いて。とりあえずレギンスをはいてるからいいようなものの、かなりのギリギリ丈。しかも、そのサンダルのヒール、十センチはあるでしょう……!?
「そう? これくらい普通だと思うけどな。遥夏の方こそ、なんでそんなにジミーズになってるのよ。それじゃあ、今関くんが可哀想じゃないっ!」
  ……あ、やっぱり? 久美にはちゃんと、私の気抜け具合がわかったみたいだ。
「それで、……そっちのバスケットは何?」
  次の謎も一気に解明しようと、私は気になって仕方ないその物体を指さす。
「えーっ、決まってるでしょう? 遊園地といえばお弁当! 今朝は五時起きで作ったんだから、大変だったのよ〜。みんなの分もちゃんとあるし、お昼を楽しみにしていてね!」
  そう言いながら、重そうなバスケットをさっさと今関くんに持たせ、久美の方は私を連れてすすすっと隅の方へと移動。
「……わかってるわね! 私が料理がからきし駄目なことは絶対に秘密よ、バラしたらただじゃおかないわ!」
  どうでもいいけど、今日の久美は半端なく怖いよう。しかも気合いの入りすぎたつけまつげが、そばによるとちょっとグロいし。
「えっ、……じゃあ、あの中身はどうやって」
「決まってるでしょう、全部母親が作ったの! でもそんなこと、黙ってれば誰にもわからないんだからいいじゃないっ」
  それってやっぱり……「私は家庭的なオンナです」アピールがしたいってこと?
「せっかくここまでは順調に来てるんだし、今回は絶対に失敗したくないわ。彼のこと、必ずモノにしてみせるからっ、遥夏も協力してよね……!」
  あまりの勢いにおされまくり、無言で頷くほか何もできないままの私。いいんだけど、本当にそんなことはどっちだって構わない私だけど。でもなあ……
「あっ、須貝さんだ! んじゃ、遥夏、今のことくれぐれもよろしく!」
  お目当ての彼が人垣の向こうから姿を見せたとたんに、ぱっと顔色まで変わっちゃうし。そのまま一目散に駆け寄っていく背中を、私は恨みがましく見送る。
  ―― 本当はちょっと話しておきたかったんだけどな……、やっぱり無理だったか。
  今日の男性陣はふたりとも久美が信じているほどいい人じゃないよ。今関くんの黒さはまず確実だし、その友達だという須貝さんだってグルになってる可能性は限りなく高い。
「もうっ、遥夏ってば! 早く〜ぅ、遅くなっちゃうわよ〜!」
  ……大丈夫かなあ、久美。
  向こうのペースに巻き込まれていろんな情報をぺらぺら話しちゃったりしたら、私たちはふたりとも企画開発部の裏切り者になってしまう。今までずっと仲良くやってきた人たちに迷惑を掛けるなんて絶対に嫌、やっぱりこんなところに来るべきじゃなかったんだよ……!
  あっという間に須貝さんの隣を定位置にして、久美はどんどん先に行ってしまう。大きなランチバスケットを重そうに抱え直した今関くんだけが私の方を振り向いて、ちょっと困った顔で笑っていた。

 現在メインの大観覧車は三時間待ち。もう少し時間が経てば少しは空いてくるだろうという久美の予想で、しばらくは別のアトラクション巡りで過ごすことにした。
「えーっ、いいの? せっかくだから一緒に行こうよ〜!」
  そんなノリの悪いこと言わないでよと泣き付かれても、駄目なモノは駄目。私、スゥイング系や回転系の乗り物は全滅なんだよね。もしかすると平衡感覚を保つ器官の何かが上手く機能していないのかも知れない。ブランコにだって酔っちゃうんだもの。
「うん、平気平気。いいから三人で行ってきて」
  お天気のいい週末は、遊園地も大入り満員状態。そうなると、穏やかに楽しめるアトラクションはどこも長蛇の列。一部例外は、客層を選ぶやたらとスピードが出るのやぐるぐる回るものだけだ。
「じゃあ、俺もやめとく。ふたりで楽しんできて?」
  私の言葉に、今関くんもさっさと列から外れた。え、別にいいのに。とても楽しみにしていた遊園地じゃない、思いっきり楽しんでくればいいのに。
「ね、遥夏さん。あっちのベンチに座って待っていよう」
  そうやって今関くんが提案したときの、久美の嬉しそうな顔と言ったら! 本当に何にも気づいていないんだろうな、天使のような微笑みをする彼の腹の中がべったべたにどす黒いことも。
「そ〜ぉ? じゃあ、遠慮なく行って来ま〜す!」
  そして、傍らの須貝さんと楽しそうにおしゃべりを再開する久美。疑いの欠片もない笑顔に、はあっと溜息をついてしまう私。
「どうしました、もう疲れちゃったのかな……?」
  通路の真ん中に立っていた私たちのすぐ側まで、お客さんをたくさん乗せた2階建てのバスがやってくる。「危ないよ」って言葉と共に肩に手を置かれて、そのまま道の端まで誘導された。
「そういうわけじゃないけど。……せっかくのお休みだし、いろいろ片付けたいことが他にあったから」
  身体の向きを変えるようにして、さりげなく彼の手を外す。そして出てきたのは、自分でもびっくりするくらい意地悪な言葉だった。
「ふうん、そうなんだ」
  でも今関くんの方は、私の言葉をさらりとやり過ごしてしまう。
「それなのに久美さんに付き合うことにしたなんて、遥夏さんはとても優しい人なんですね」
  ……なんでそうなるの、本当にわからない人だわ。
「今日のこと、最初に提案したのは今関くんなんでしょう?」
  ふたりっきりになると、私も遠慮というものがなくなる。同期とは言っても、実際はふたつも年下なんだし。自分の弟と同い年の男の子なんて、全然怖くないよ。
「はい、よくわかりましたね」
  そして彼の方も、拍子抜けするくらいあっさりと白状してくれる。
「でも、久美さんも剛も喜んで乗ってきてくれましたよ」
  ……ま、そうでしょうよ。すべてが上手く行くように計算して行動を起こしたんでしょうから。
「俺、何か飲み物を買ってきますね。遥夏さんはここで荷物番をしていてください」
  ランチバスケットをベンチの上に置くと、彼は風船売りのピエロの脇をすり抜けて、ワゴンショップの方へと歩いていった。

 

つづく (100919)

 

<< Back     Next >>

TopNovel待ちぼうけ*プリンセス・扉>待ちぼうけ*プリンセス・7