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 あの事故のあと、私と宮田さんは警察で簡単な事情聴取を受けた。
  現場の様子から見て、今回のことは武内さんが誤って階段を踏み外したことによる事故だとほぼ断定されたが、それでもひととおりの手順は踏まなくてはならないらしい。強い口調で問いただされたりとか、そういうのは一切なかったけど、同じ姿勢で緊張して座っていたので、すべてが終了したあとにはどっと疲れが出ていた。
  それでも、とにかくは会社に戻らなければ、と考える。
  会場係の仕事も途中で出てきてしまったから、残ったみんなにはすごく迷惑かけてしまった。……まあ、毎年やってることではあるし、もともと優秀な人たちばかりだから、きっと上手にやってくれたとは思うけど。ああ、急がなくちゃ。
「―― 山内、さん」
  部屋を出たところで、背後から声を掛けられる。振り向くと、そこには宮田さんが立っていた。私とは別の部屋で事情を聞かれていたらしい。さすがの彼女もかなり憔悴した様子だ。
「あ、……お疲れ様でした」
  こういう場合、いったいどんな風に声を掛ければいいのだろう。それがわからないままに、頭を下げていた。宮田さんは私よりも二年先輩。どんな状況にあるとしても、敬意を払うのは当然だと言える。
「悪かったわね、いろいろ迷惑かけちゃって」
  彼女の声は、とても尖って聞こえた。もともと好意的には思われていないとわかっていたけど、こんな風になってもやっぱりそうなんだなと実感する。
「いえ、宮田さんの方こそ、本当に大変でした」
  彼女もまた「被害者」のひとりであったのだ。もっとも二度目からは何があっても応じることはなく気丈に過ごしていたって話だけど。そして、他にもまだ武内さんやその仲間のせいで心と身体に深い傷を負った人は何人もいるみたい。中には断り切れずに何度も、とか恐ろしい事実もあるとか。
「ううん、私はこれくらいのこと、何でもないわ。むしろ、今回警察沙汰になったことで、出会いサイトのこととか、そっちにも直接手を回してもらえてラッキーだったと思ってる。本当にアイツは男のクズよ、あんな奴と関わったのは私の人生において最大最悪の汚点になるでしょうよ」
  そこで、宮田さんは強い瞳で私を睨み付ける。
「……あなただって、同じ目に遭ってしまえば良かったのに」
  私は思わず息を呑んだ。だけど彼女はこちらの態度になど構わず言葉を続ける。
「ずーっと、そう思ってたの。あなたが和之と付き合いだして浮かれているのを見て、かなりムカついたしね。だから、絶対に忠告してやるものかって思ってた。だって、私だってかつて同じようにされたのよ? しかもすべてが終わったあとになって遅すぎる忠告してくれたりするんだから、呆れちゃう。女の敵は女って言うでしょう、あれって本当なのね」
  完璧な巻き髪は、多忙すぎる一日を過ごしたあとでもまったく乱れていない。
  そう、私は以前から知っていた。
  この人は、もともととても美人で誰からも一目置かれるような存在だったけど、それに加えて本人も日々たゆまぬ努力を続けていたんだってこと。
  それが証拠に、この人と今関くんが並んでも、まったく違和感なかったもの。私ですら、彼のとなりに立つのは躊躇してしまうのに、あれだけばっちりツーショットが決まってしまうってすごいと思う。
「でもね、そういうこともそろそろ卒業しようかなって。だから会社側に自分が彼らからされたことを洗いざらい話してやったら、予想以上の反応が戻ってきたわ。ついでに過去の被害者にも協力してもらったから、これであいつらもおしまいよ。どうせなら、表社会から抹殺してやりたかったけど、全員揃ってエリート街道から引きずり下ろしてやれただけでも大手柄だったと思うわ。あーっ、こんなに気分爽快になれるのも久しぶりね」
「……は、はあ……」
「今日のプレゼンでのトラブルも、全部彼らの仕業だったみたいね。あなたたちには悪いけど、好き放題に泳がせておいて、最後に尻尾を掴んでやったわ。まあ、和之は途中でそれに感づいてしまったみたいだけどね。だからといって見逃すわけにはいかないわ。こうなったら、とことんやってアイツの社会人としての息の根を完全に止めてやるつもりなの」
  彼女の目は新しい闘志に燃えているように見えた。
「……って、思い切れたのも、ある人のお陰なんだけどね」
  チェリーピンクの口元が、わかりやすい勝利の微笑みをかたちづくる。
「私はあなたになんて、絶対に負けないんだから。これだけは覚えておいて、いつどんなときに足下をすくわれるかも知れないってこと。これは戦いよ、悪いけど私はこういう勝負には勝つことしか考えてないから」
  彼女が何を言わんとしているのか、それはすぐにわかった。
  わかったけど、……どんな言葉を返したらいいのかわからない。「どうぞご勝手に」って? それとも「そこまで言うなら、こっちも受けて立つから」って? どちらも今の気持ちにはしっくりこない気がする。
「ほら、しっかり顔上げなさいよ。恋敵は骨のある奴じゃないと、許せないのよね」
  そんなこと言われたって、どうしていいのかわからない。
  仕方なく彼女と向き合ってみたものの、覇気のある表情を作ることなんてできなかった。
「じゃ、またね。あなたとは長い付き合いになりそうだわ」
  言いたいことを全部言ってすっきりしたのか、彼女は私の脇をすり抜けると、一足お先にと言わんばかりに建物から外に出て行った。

 こうして今、二宮課長の言葉を受け止めて、自分がいかに後ろ向きな考え方をしていたのかに気づいた。ただ流されるままに、楽な方向へ楽な方向へと進もうとしていなかったか。周囲と衝突することを恐れ、自分が悪者にならないようにとそればかりを優先して。我ながら、かなり情けなかったな。
  だけど、今まではそれで十分に上手くいってたんだよね。この先もずっと、このままで生きていけると思っていたもの。
  大それた望みを持たず、そこそこに満足する人生を歩むことができればそれでいいじゃないかって。抱えきれないほどの喜びなんて、私には不似合い。誰もが羨むような生き方も必要とは思わなかった。
  だけど、いきなりいろいろなことにいっぺんに触れて、急に心細くなってる。自分の求めていた「安定」が実は本当は「不安定」だったのではないか、とか。きちんと正しいものを見据えてこなかったから、そのしっぺ返しを受けている気がする。
  ―― 私は、この先いったい、どうしたらいいんだろう。
  今は難しいことなんて考えられないのに、それでも頭をもたげてしまう悩み。心の中にあるもやもやが、はっきりしたかたちも作らないままに漂ってる。
  そして。
  真っ先に駆けつけてくれると信じていたその人は、とうとうその場に現れなかった。

 その後。
  課長や久美、そして他の営業部署の人たちが、私を人目に付かないように気遣いながら駅まで送ってくれた。
  一度は完全に仲間から外れてしまった自分が、ふたたび彼らに守られているという事実が未だに信じられない。武内さんが抜けた穴は、そう簡単に埋められることはないと思う。それどころか、今回のことが重く捉えられれば、チームの解散や再編成なども行われることになるかも知れない。
  だけど、今そんなことを思い悩んでいても仕方ないんだよね。明日のことは明日になってから考えればいい。そう思って勇気づけてくれる人たちが、私の周りにいるんだ。
  会場の後片付けとか、借り受けた器具や備品の返却とか、本来ならば私が先頭に立って皆の指揮を取らなくてはならなかったのに、それもすべてお任せしてしまった。だけど、みんなそれでも私を責めるようなことは一切言わない。本当に仲間ってありがたいなと思う。
「実はさ……俺、武内のこと、かなり胡散臭いなって思ってたんだよな」
  ある人が意を決したようにそう言い出すと、他のメンバーも一様に頷いている。
「まあな、でもそのことを口にしたら、奴の才能に嫉妬しているって取られそうな気がして……正直、自分でもそのどっちなのかはっきりはわからなかったし」
  こんな事態になってから急に本音を口にするのはどうかって、躊躇う気持ちもあるのだろう。話題の主役がいないところでは、とかく悪口大会になりがちな状況なのに、みんなの口は驚くほど重い。
  それに、今までの私たちは何かと武内さんに頼り切ってきた。そのことが彼の行動をさらに増長させる結果になったとも言えるし。
  今、武内さんは収容された病院で、意識はしっかりしているものの、黙秘を続けていると言う。
  閉ざされた心で、彼は何を思っているのだろうか。
  武内さんやその仲間の人たちが今までにやってきたことは、決して許されることではないし相応の制裁は受けるべきだと思う。
  最初はほんの出来心だったとしても、誰かがそれを言い出したときに他の仲間が止めるべきだったし、それをしなかったところに彼らの「弱さ」があるような気がする。
  ……とはいえ、やっぱり同情の余地はない。勇気を出して自分たちの「過去」を会社側に訴えてくれた被害者さんたちのためにも、しっかりと罪を償って欲しい。

 そして、最寄りの駅の目と鼻の先まできたときに、久美が急におどけた口調で言う。
「あ、そっちじゃないよ。せっかくだから、お茶の一杯くらい飲んでいこうよ。本当の打ち上げは、また落ち着いてからにすることにしてさ!」
  そういうと彼女はすぐ側の喫茶店のドアを開け、その中に私を押し込む。
「じゃ、あとはごゆっくりー」
  その声を残して、背後のドアは静かに閉じた。

 

つづく (110425)

 

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