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 面倒ごとは嫌い。
  ちょっとでもトラブルに巻き込まれそうな予感がしたら、いつでも素早く身をかわしていた。たとえば友達と同じ人を好きになったときは気づいた時点でさっさと身を引いてしまったし、そのことについてあとあと引きずったりもしなかったように思う。
  そう考えると、私ってかなりテキトーな人間なんだな。でも、こうしているのが楽なんだもの。
  流れに逆らわずに生きていけば、ほとんどのことは上手く行く。少なくとも私はそう信じて生きている。
  ―― なのに、これって。やっぱり、どう考えても変だよなあ……。
  通り過ぎていく人たちは誰もが明るい笑顔、雲ひとつなくすっきり晴れ渡った休日を心から楽しんでる。
  心躍るようなアトラクションやイベントが山ほど用意されている遊園地。そこは、大人と子供が同じ気持ちになって、どきどきわくわくできる夢空間。
  ―― ホント、おめでたい人たちだよな。何もかも作りものの模造品なのに、それでも幸せを感じているんだね。……そんな風に考えてしまったりして。
  今日の私がこんなにひねくれてしまう原因のひとつは、あまりにも気合いの入ってない自分の身支度にあると思う。あーあ、もうちょっとオシャレしてくれば良かったかな。やっぱり、一歩外に出るときにはそれなりの心構えがないとあとで虚しい想いをすることになるんだわ。
  勝手に自分の都合のいいように話を進めようとする今関くんに抵抗するつもりで意地を張っちゃったけど、そう言うのは直接態度で示しても良かったのにね。……そう思っても、あとの祭り。
「遥夏さ〜ん、お待たせしました!」
  とか何とか考えているうちに、もう戻って来ちゃうし。悪いけど、こっちはあなたの帰りなんて全然待ってなかった。もっともっと、ゆっくりしてくれて良かったんだよ。 
「向こうのスタンドで絞りたての生ジュースを売ってたんです! ほら美味しそうでしょう、遥夏さんはオレンジとグレープフルーツのどっちがいいですか?」
  両手に持った紙コップが揺れるくらい、肩で大きく息をしている。そんなに慌てなくていいのに、何なんだろう、この人。しかも私と目が合うと、溶けちゃうみたいに嬉しそうに微笑むの。
「えと、……じゃあ、オレンジをいただくわ」
  対する私は、彼とは裏腹にものすごーく素っ気ない態度。さすがにここまで可愛くない女はいないだろうと、自分で自分に突っ込みたくなってしまうほど。
「そうですか、ではどうぞ」 
  しかし、敵も然る者。満面の笑みを崩すことなく、紙コップを手渡してくる。
「ここの名物だっていう特製ソフトクリームも美味しそうだったんですけどねー、まずは喉を潤す方が先かと思って」
  とりあえず受け取ってしまったものの、いったいどうしたらいいのやら。オレンジと白の縦縞模様のカップを手にしばらくはぼんやりとしていた。
  一方の今関くんの方は、かなり喉が渇いていたみたい。あっという間にごくごくと半分の量を飲み干していた。
「あーっ、美味しい! 何だか生き返った気分です!」
  初めて出会ったときから気になっていたんだけど。
  彼っていちいちリアクションが大きいんだよな、これも海外生活が長いためなのかなあ。わかりやすいって言えば褒め言葉だけど、何というか……二歳という実年齢の差以上に子供っぽく思えてしまう。
  ほら、武内さんがとにかく大人で落ち着いた人でしょう。だからつい、比べてしまうみたい。
「いいですねー、たまにはこういうのも。……あれ、遥夏さんの方は全然減ってないじゃないですか」
  そう言いつつ、いきなりこっちに顔を近づけてくるんだもの。びっくりしちゃうじゃない。
「あっ、……そんなこといいじゃない。いいから、放っておいてよ」
「あれ。もしかして、遥夏さん照れてます?」
  ……もうっ、そんなはずないでしょう。
  全然噛み合わない会話を続けている私たちだけど、遠目に見ればそのまんま仲良しカップルに見えちゃうんだろうな。うーん、そういうところも気に入らないわ。
「俺、学生時代にオレンジ農場でバイトしていたことがあるんです。あっちはスケールが違いますから、どこまで行っても延々とオレンジの樹が森のように続いていて壮観でした。果物の香りに酔うなんて、初めての経験でしたよ」
  少し会話が途切れたかなと思ったら、彼が不意に話題を変える。
  その横顔の向こう、円盤形のくるくる回転するアトラクションがどんどん加速していくのが見えた。
「夏休みの間、農場に住み込みでの作業でした。大変だったけど、とても楽しかったですよ」
  大きく枝を広げた木々の間から覗く空を見上げる今関くんの瞳が、すううっと遠いものを見つめている色に変わる。
  そうかあ、あっちに移り住んだのはまだ小学生の頃だって言ってたもんね。きっと彼の人生の記憶のほとんどはアメリカにあるんだ。そう思うと、すごく不思議な気がしてくる。
「いいよね、言葉の壁とか全然感じなくて済むんだろうから」
  何だか見当違いの言葉になっちゃったかな、ここは「すごーい」とかわかりやすく感激してみせる場面だったかしら。
「今関くんだったら、世界中どこへ行ったって怖いものなしでしょう?」
  その特技を生かして、これからどんどん出世していく人なんだろうな。しかもこのルックス、ただの綺麗な顔ってだけじゃなくて、多くの人の心を惹きつける魅力があると思う。
「ふふ、まあそんなところかも知れませんね」
  本人にもその自覚は十分あるんだろう、特に日本企業にとっては語学に堪能と言うのは最強の武器となるはずだから。
「家族はまだあっちにいますし、ゆくゆくは俺もまた戻ることになるでしょう。でもしばらくは日本でゆっくりしていたいと思ってます」
  そこで、今関くんは紙コップに残っていたジュースを全部飲み干した。
「だって、ここには遥夏さんがいますから」
  こういうの「歯の浮くような台詞」とかいうんだよね? しかも反則技の「にっこり」をプラスされたら、かなりヤバイものがあると思う。
「ま、また……そういう心にもないことを言うんだから」
  駄目だよ、駄目って、自分の心に言い聞かせる私。
  久美じゃないけど、最初から絶対におかしいと思ってたんだ。異動してきて間もなくなのにすでに本社内では知る人ぞ知るアイドル的存在になってしまった彼。そんなすごい人がその他大勢に簡単に埋もれてしまう私に声を掛けてくるなんてあり得ないもの。
  それでも、もしも武内さんから裏情報を教えてもらわなかったら……ついうっかりよろめいてしまったかも!?
「私なんかに関わってたって時間の無駄だよ、早いところ他に行った方がいいと思うけど」
  こっちは親切心で言ってあげてるんだからね? そこんとこ、忘れないで。
「えーっ、そんなことを言われても困るな」
  そして今度は第二の秘技である「くすくす笑い」。こういう表情が似合うって言うのも何だかね、社会人としてはどうかと思う。
「その他大勢なんてどうでもいいんだ、俺には遥夏さんだけがすべてなんだから」
  まったく、よく言うよなー。ホント、感心しちゃう。でも、そんな台詞で私がころっと行くかと思ったら大間違いよ。
「……人の忠告を無視するなら、勝手にして」
  こっちが何を言っても、変わらずにニコニコと笑うばかりなんだもの。もうどうしていいんだか、わからないよ。
「いったい、私のどこがそんなに気に入ったの?」
  そりゃ、上手く取り入って内部情報を引きずり出すためでしょう。それは承知の上で、彼がどんな嘘を仕掛けてくるのか気になる。
「知りたい? どうしても、って言うなら教えてあげてもいいですよ。でも、タダってわけにはいかないなあ……」
  その余裕の微笑み、どうにかして欲しいんだけど。ホントわかってないなあ、この人。
「ま、条件の内容によっては考えてあげてもいいわ」
  対する私もそうとうに意地悪。腹黒がふたりで探り合いをしている図ってどうかと思う、しかも無邪気な笑顔がそこここに溢れている遊園地の一角で。
  すぐには尻尾を出しそうにもない相手、ここは焦らずに長期戦で行くしかない? うーん、かなりの危険人物であることは間違いないから、できることなら早いとこ片をつけたいんだけどな。
  ホントに私、こういう駆け引きには慣れてないしやりたくもないし、いい加減にしてくれって思う。
  ……まあ、これも武内さんのためなら仕方ないか。
「ふふ、やっぱり遥夏さんは優しい人だな。想像していたとおりの素敵な人で、本当に感激です」
  今関くんは空になった紙コップを両手でくるくる回しながら言う。
「何を感激しているのか、さっぱりわからないわ」
  私は吐き捨てるようにそう言うと、カップの中に少し残ったオレンジジュースを空にした。
「―― あ、須貝たちが戻ってきましたよ。ほら、あっちです!」
  結局は話らしい話もできないままで、タイム・オーバー。何も知らない久美が満面の笑みで私に手を振っているのが見えたとき、どっと疲れが出てきた。

 

つづく (101013)

 

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