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「予備審査の結果が出た、急ぎ本審査進出者の名簿を作成して各部署に配布して欲しい」
  翌日、午前中に社内企画の予備審査が社長以下上層部の方々が一同に列席して行われた。ここで案件は五つにまで絞られる。そしてそのあと持ち帰った案件を各自が十分に練り上げたあと、最終のプレゼンテーションに臨む。
「はい、わかりました」
  二宮課長の差しだした資料を、ちょうど一番近くにいた私が受け取った。昨年までと同じ形式に仕上げればいいのだから、あっという間に終わる作業。
  そして。
  やっぱり、その内容が気になってしまうのは仕方ないよね。手書きで記された部署と名前についつい目がいってしまう。
「……あ」
  私が誰にも気づかれないほどのかすれた声を落としたところで、隣から久美が身を乗り出してきた。
「ねえねえっ、どうだったの!?」
  こちらに断りもなく資料を奪い取るんだもの、慌てちゃう。ほらほら、課長が睨んでるよ。ちょっと久美、はしゃぎすぎだから。
「うっわー、すごい! 今関くん、ちゃんと残ってるじゃない……!」
  思わず声のトーンが上がりすぎ、さすがの久美も慌てて口元を押さえてる。でもそのあとも、何だかにやにやしちゃって。どういうことよ、って思ってしまうわ。
  もちろん、一番上に書かれていたのは我が「企画開発部企画課」で、責任者名は武内さん。そのあとも各部署の毎年の常連が並んで、最後に取って付けたように今関くんの名前があった。
「別に驚くほどのことでもないじゃない、営業部署は毎年本選に進出しているんだから」
  そうよ、責任者の名前が今関くんになってたって、それは建前上のこと。彼の手の中にあるのは営業部みんなの草案だと言ってもいい。
  ……とはいうものの、実のところ私はかなり落胆していた。
  彼がここで外れてくれれば、元の通りに穏やかな日々が戻ってくると思ってたのにすっかり当てが外れてしまったわ。これ以上、厄介ごとに巻き込まれたくない。そんな想いでいっぱいだったのに。
「早く返して、すぐに打ち込んじゃいたいから」
  少し声が険しくなってしまったのは、完全に八つ当たりだと思う。
  程なくして打ち終えた修正原稿を主任に提出してホッとひと息。私よりも二歳年上のこの人には入社以来とてもお世話になっていた。とっても美人だし、いかにも「デキル女性」って感じで憧れてる。
  武内さんとも対等にやり合っているもんなー、本当に次元が違うんだって思い知らされるわ。
「いいわよ、このまますぐに必要部数をコピーして。とりあえず、今回もすべての部署に一部ずつ配布ね。社内メールも前回同様にお願い。どちらも迅速にね」
  ここからはさらに慌ただしくなってくる。最終のプレゼンは来週の金曜日。あと十日ほどしか時間は残っていない。カレンダーを眺めた感じでは余裕がありそうな日程だけど、実際は本来の業務を行いながら手の空いたときに進めるわけで、当事者たちはものすごくハードだと思う。
  もちろん、ウチの部署もみんなで手分けして資料を作成中。リーダーの武内さんを中心に、バランスの良い草案が上がりつつある。あとはどうやって煮詰めていくかって、ことよね。
「そうよ、営業部署になんて負けるはずないんだから」
  コピー機を回しながら、そんな呟きが口から飛び出していた。ほぉんと、プチプチしちゃうわ。
  ―― それにしても。
  まだ、ちょっと引っかかっているのが昨日のこと。
  あれって、武内さんの耳に入れておくべき情報なのかな。だって、あまりのタイミングで今関くんが登場したしね。このまま黙っていたら、変に誤解されてしまうかも。
「ううん、そんな心配はあるわけないか」
コピー機の振動音が大きいことを幸いとして、またぽつんとひとりごと。それと同時に見つめる先は武内さんのデスク。彼は姿勢を正してパソコンと向かい合ってる。
  ―― ああ、やっぱり格好いいな……。
  先ほど、予備審査の結果を課長から知らされたときも、彼はただ静かに言葉を受け止めているという感じだった。まあ、武内さんにとって、今回のことはただの「通過点」。必ずクリアするとわかっていたんだと思う。
  ……そうだ、昨夜の今関くんとの会話。あれも伝えておいた方がいいかな。
  ふと、そんな考えが頭を過ぎり、それでもどうしたわけかあまり積極的に行動に移せない気分になっている私がいた。
  別に今関くんに恩を感じている訳じゃない。だいたい、あんな人は武内さんの敵じゃないもの。箸にも棒にもかからないような相手のことで気を散らす必要なんてないと思う。
『まずは自分が実際に暮らしてみたいと思う場所を目指してみたいと思って』―― そんなこと、誰だって一番先に思いつくって。すごく重要な閃きのように、改めて口にするような内容じゃない。
  頭の中でぐるぐると考えを巡らせているうちに、優秀な機械は勝手に仕事を終えていた。私は出来上がったコピーを手に自分のデスクに戻ると、資料を三枚ずつ揃えて右上をホチキス留めする。いちいち段取りを考えなくても、手が勝手に動いている感じ。こういう風に自分のやるべき作業がスムーズに進んでいるとき、「ああ、ちょっとは仕事に慣れてきたのかな」と思ってみたりもする。
  そして、出来上がった資料をもう一度必要部数揃っているのか確かめてから、私はそのうちの一部を手に席を立った。
「武内さん、最終審査に向けての資料が仕上がりました。こちらをどうぞ」
  すぐに振り返ってくれた彼は、いつも通りの笑顔だった。何だか、とてもホッとする。
「ああ、ありがとう。ご苦労様」
  やっぱり私は、少し身構えていたのかも知れない。こんな風にわだかまりを感じているのだとしたら、あまり長く引きずらない方がいいだろうな。
  そう思いつつも、早々に会話終了。今は勤務時間内、雑談を続けていていい訳はない。何となく部署内の皆が聞き耳を立てていると感じるのもいつものこと。社内恋愛って、そのこと自体が容認されていたとしてもいろいろ煩わしいものなんだな。
「いいなあ、相変わらず見せつけてくれちゃって」
  隣のデスクでは、久美が何かに八つ当たりでもしているかのようにキーを叩き続けている。
  あれ、変なの。いつもだったら、「資料配付なら私が!」ってすぐに名乗りを上げるのに、今日はそうじゃないの?
「べ、べつに。そんなじゃないでしょう」
  ただ、仕上がった資料を部署内の企画責任者である彼に渡しにいっただけじゃない。もしも担当が彼以外の誰かであったとしても、私は同じように行動していたはず。
「こっちなんて、全然いいことないんだよ。須貝さん、今日から急に九州の営業所に出張なんだって! しかも丸々一週間っ。そんな話、この間のときには全然話してくれなかったのに……」 
  ああ、そうだったのか。何だか今朝から、やたらとカリカリしていると思ったら、そういう理由があったんだね。
「しかも、事後報告。って言うか、私がおはようございますのメールをして『これから搭乗』って、どういうこと? 話が決まった時点ですぐに教えてくれたっていいじゃないねえ……」
  うーん、何だかかなりご立腹の様子。そう言えば週明けの昨日なんて、「今週はさらに接近するから!」とか、やったら盛り上がっていたもんね。
「それに、他にも嫌な話を耳にしちゃってねーっ……」
  久美のおなかの中には、かなりどろどろしたものが詰まっていたみたい。一度堰を切ったら、もう止まりませんよって勢いだ。でも、それは無理。ちょこっとの雑談なら大目に見てもらえても、そろそろ切り上げないと。
「あ、あとで話を聞くから。とにかく今はコレが先、どう? 久美が行ってくる?」
  向かい側のデスクから主任の視線を感じつつ、私は十数部の資料を手にする。
「もっ、もちろん行くわよっ!」
  久美は私の手から資料を奪い取ると、勢いよく席を立った。

 そして、ようやく仕事上がり。
  本当はランチ休憩で一度ガス抜きができたら良かったんだけど、今日は急ぎの資料作成があって一同が店屋物のおそばをかき込んだだけで作業に戻った。そんなわけで、久美のイライラは今にも爆発寸前。どうにか会社のビルを出るまではとなだめていたけど、かなり大変だった。
「んもう〜っ、土曜日の感じだとこのまま上手く行くとばっかり思ってたんだけどな〜!」
  恋多き乙女でひた走る久美だけど、今回の須貝さんとのことはかなり本気だったみたい。そう思うと、こっちも責任を感じちゃうな。やっぱり、武内さんから聞いていた情報を教えておいた方が良かったかもって。
「彼、本当に素敵なのっ! それは遥夏にだってわかってるでしょう? すごく優しいし、ノリもいいし、話していてとにかくとても楽しくて。でもまあ、そのぶんライバルは多いと覚悟していたわよ。あれだけの上玉、放っておかれる方が不思議だしね。だっけどなあ……」
  その現場を久美が見てしまったのは、昨夜のこと。アレンジフラワーからの帰り道、連れだって歩く仲睦まじいカップルに彼女の目は釘付けになった。
「知ってる? 広報部の星田って女っ! アイツ、前々から須貝さんのことを狙ってるって噂があったんだよね。でも、どうしていきなりツーショット!? 私だって、まだそこまで行ってないのに……!」
「え、……それは」
  まあ、その場で修羅場にならなかっただけでも良かった? でも、それだけですべてを決めつけるのはどうかと思うけど……。
「それにそれにっ、それだけじゃないのよ! そのネタを持って情報通の総務の友達に突撃したら、他にも須貝さん狙いの女の影がいくつも見え隠れして! しかもっ、今回の出張先の九州営業所には元カノがいるってもっぱらの噂。いったい、どんな不良債権なのよ〜っ……!」
  駅に向かうスーツ姿でごった返す通りで、ひときわ大声で叫んだ久美。そして次の瞬間には、何故か携帯を握りしめてる。
「こうなったら、真相を確かめないとね!」
  そういいつつも、通話ボタンをプッシュした相手は何故か今関くん。そりゃあ、九州にいる人をいきなり呼び出すのは無理だけど。ホント、引き留める隙もない早業だったの。

 

つづく (101124)

 

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