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 絶対に図られているとしか思えない。全ての出来事が偶然を装っているように進みながら、実はその裏で緻密な計算がなされているんじゃないかしら。
  そんな疑惑の気持ちをぱんぱんに膨らませながら、私が座っているのはカラオケボックスのソファー。目の前では久美と須貝さんがノリノリでマイクを握っている。
  何なのーっ、食事だけして終わりにするっていってたじゃない。
  今関くんの呼び出しで颯爽と現れた須貝さん、彼はあっという間に久美と意気投合。そうなると最初の目的なんてどこへやら、すっかりふたりのペースに巻き込まれてしまった。
  須貝さんオススメのインドカレー屋さんで食事したあとは、当然のように二次会に突入。一度マイクを握らせたら二度と離さない、ってところまでそっくりなんてすごすぎる。何だかんだで十曲以上連続で歌い続けているけど、取り残された人間のことなんて絶対に考えてないよ。
「ふふ、ふたりともすごく楽しそうだね」
  手にしたマラカスを振りながら、こちらもニコニコ顔の今関くん。だいたい、何でこの人と隣り合って座らなくちゃならないの? 椅子の数がギリギリしかないとは言っても、あとのふたりはそこに腰を下ろす気なんて絶対になさそうなのに。
「そう、ですね……」
  何しろ、ふたりして暇してたし。他に話をする相手もいないんだから、気乗りはしなくてもとりあえずは言葉を返す。はーっ、早く終わらないかなあ。でもこうなっちゃうと久美はこっちの都合なんて絶対に考えてはくれないんだよな。
「どうです、遥夏さんも一曲入れませんか。綺麗な声をしているもの、きっと上手に歌えるんでしょう?」
  そう言いつつメニューを渡されても、苦笑いするしかない。
「いいです、あのふたりに割り込む勇気はありません。今夜は気の済むまで歌わせてあげましょうよ」
  まあ、あんな風にはっちゃけちゃう久美の気持ちもわからないではないの。この頃、何をしても空回り気味だったみたいだから。こんな風に突然直球ストライクな彼が目の前に現れたら、舞い上がっちゃうのも無理はない。
「そうですか、遥夏さんがそういうのなら」
  私はウーロン茶をオーダーしたんだけど、男性陣は当然のように生中で久美はチューハイ。
  ちょっと意外だなと思っちゃった、甘〜いマスクでどこまでもアイドル顔の彼がビールなんて飲んじゃうなんて。カクテルとかワインとか、そういう方がずっと似合いそうなのに。
「あれ、観覧車が見えますね。そんなに離れていないようだけど、どこだろう」
  私たちの目の前には大きな窓。運良く角部屋が取れたから、息苦しい雰囲気がなくて良かったと思う。
  そう言われて彼の指さす方を見ると、確かに建ち並ぶビルの隙間から自転車の車輪みたいな丸い物体が見え隠れしてた。
「多分海の方だと思います。自然公園があるんですよ、人工の砂浜とかあって、磯遊びとか楽しめるようになってるんです」
  とはいえ、私も話に聞いてるだけで実際に足を運んだことはないけどね。
「そうなんですかー、俺が子供の頃とはだいぶ変わっているみたいですね。ディズニーランドとかも新しいアトラクションがたくさん出来たんでしょう? 戻ってきてからはまだ一度も行ったことがないんです」
  何でそんな言い方をするんだろうと一瞬悩んで、少ししてから「ああ、そうか」と納得する。
  この人って、長いこと外国暮らしをしていたんだっけ、だから 何ヵ国語も話せるんだって久美が言ってた気がするわ。
「こっちには何歳くらいまでいたんですか?」
  そんなこと、わざわざ聞かなくても良かったのに。何しろ手持ちぶさただから、ついつい会話を続けてしまうのね。
「小学校の五年生まで。そのあとはずっと向こう暮らしだったんです、場所はいろいろ変わりましたけどね。当時はとにかく大変でしたよ、まさかいきなり渡米することになるなんて思ってもみなかったし、しばらくは言葉も全く通じなくて。何度も両親に日本に帰りたいと泣いて訴えました」
  彼にとっては、何度も繰り返し答えてきた質問なんだろう。そのあとも現地での様子を説明する言葉がすらすらとよどみなく出てくる。
  学校へ行ってもクラスメイトが何を話しているのか全くわからなくて、すごく孤独だったこと。何かとちょっかいを出してくる相手に初めて本気で刃向かったら、それがきっかけでとても仲良くなれたこと。その後は習うより慣れろの気力で仲間たちに溶け込むように必死で努力したこと。
「余計なことをしゃべれば考えがぶつかったりしてトラブルになるけど、かといって黙ったままじゃ何も考えていない馬鹿な奴だと思われてしまう。何に対しても積極的なお国柄なのかな、最初はかなり戸惑ったけど慣れればすごく過ごしやすかったですよ。きっと俺のもともとの性格にも合っていたんだと思います」
「……そうなんですか」
  今の姿からは絶対にそんなの想像できないな、すごく意外。
「でも結果的には全てが上手く行ったんだから、良かったじゃないですか」
  語学力って、すごい武器になると思う。しかも現地で直接培ったものだから、参考書で勉強したり英会話教室に通ったりするのとはわけが違う。誰もがそんな経験できるわけじゃないし、やっぱりこの人はとても恵まれていると思うわ。
「そうだな、こうしてすぐに新しい仕事も見つかったし」
  ゆっくりと回っていく観覧車、彼の瞳にその輝きが映る。本当、信じられないくらい綺麗な横顔。ここまで完璧に整っている人を、私は今まで一度も見たことがない。
  唇の端にほんのちょっと付いたビールの泡、思わず「拭ってあげたいな」って気持ちが湧いてきて、慌てて押し込めた。
  ……駄目駄目、何を考えているのっ! そんなのって、絶対におかしいから。
「乗ってみたいなあ、あの観覧車」
  私の視線に気づいているのかいないのか、彼はキラキラの瞳のままで丸い物体を遠く眺めていた。
  そんな風にしていると、今ここにいるのが二十二歳の彼なのか十歳の彼なのかわからなくなってくる。そこまで言うと、大袈裟すぎかな? でもかなりの童顔だし、「格好いい」より「可愛い」が似合ってて、子供の頃の姿も容易に想像できる感じ。
「ねえ、今度一緒に行きませんか?」
  久美たちの歌はまだ続いている。でも少しだけノスタルジックなムードになっていた私の心は、その瞬間に現実に引き戻されていた。
「お断りします、他を当たってください」
  こういうときは曖昧にせずに毅然とした態度で接した方がいいんだよね? あれ、それってキャッチセールスの対処法だったっけ。まあいいや、どちらにしてもたいして変わりはないし。
「今関くんだったら、一声掛ければ喜んで話に乗ってくれる女の子がいくらでもいるでしょう? 彼女たちの中から、お目当てのひとりを選べばいいじゃない」
  やっぱり、この人って私のことをからかって楽しんでいるんじゃないかな? だって、絶対にあり得ないもの。
  見ず知らずの人にいきなり告白されるなんて、私にとってはまさに青天の霹靂。そりゃ、つい最近にも信じられないお誘いを受けたけど、武内さんとは二年以上同じ職場で仕事をしてきた仲間だし。そう言う意味では、まだ納得できたの。でも、今回はそれとは全然違うし。
「でも、……俺は彩夏さんがいいんだ。他の人なんて、絶対に考えられない」
  彼は絞り出すようにそういうと、ゆっくりこちらを振り返る。その姿が眼差しが、もう……何というかね、言葉では到底説明がつかない感じなの。
「いっ、いくらそんな風に言われたって、私の気持ちは変わりませんから……!」
  馬鹿にしないで、簡単によろめく相手だと思ったら大間違いよ。
「あれ、遥夏どうしたの?」
  私が勢いよく立ち上がったからかな、久美がマイクを通した声で呼びかけてくる。これでもかってくらいビンビンにエコーが入って、頭がくらくらするわ。
  あんなに楽しそうにしているのに、ひとりでキレて席を外すなんてKYもいいとこだよな。
  どんな風に返事をしたらいいのかわからなくて立ちつくしていると、そのうちに彼女の方が携帯で時間を確認して驚いてる。
「うわーっ、もうこんな時間!? そうだね、そろそろ引き上げないとさすがにまずいわ……!」
  久美がそう言って切り出してくれたことで、ようやく長い長い二次会はお開きとなった。
  思う存分歌い上げて、すっきりと気持ちいい表情の久美。それとは引き替えに、私の心はこの上もなくどろどろと深く沈み込んでいた。

 

つづく (100907)

 

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