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 その後は久美がすべてを仕切ったランチ・タイム。
  とにかく彼女の気合いの入り方が半端なかったから、私は圧倒されっぱなし。違和感のないように話を合わせるだけで精一杯だった。
「へえーっ、久美さんは本当に料理上手なんですね。驚きました!」
  もちろんこの調子の良すぎるコメントは今関くん。紙皿を片手にさっきから割り箸の動きが止まらない。
「あら、今日のはちょっと手抜きになってしまったのよ。恥ずかしいわ〜!」
  ……よく言うよなあ、インスタントラーメンですら自分で作ったことないと豪語しているのに。
  久美の家はなかなかのお金持ちでお母さんは専業主婦。そしてこの方が何十人ものゲストを招いたホームパーティもバッチ来いの強者なのだ。まあ専属のお手伝いさんを置いてるみたいだけどね。
「そんなことないよ、どれもとても美味しくできてる。久美さんはとても家庭的なんだね」
  須貝さんの反応も良好で、久美の顔は緩みっぱなし。本人もさすがに舞い上がりすぎの自分がヤバイと感じているらしくて、手にした紙皿を私の方へ差しだして来て話をそらす。
「遥夏、なんか今日はノリが悪くない? ほら食べてみてよ、この卵焼きが上出来なの。あんたの作ったのみたいに、卵の殻が混入していたりはしないから安心して!」
「あ、……うん」
  あまりの勢いに突っ込みを入れるタイミングすら忘れてたけど。失礼なっ、私がいつそんなモノを作ったのよ。口から出任せもいい加減にして欲しい。
「ねえねえ、ふたりとも聞いてよ。この子ってば、すごい料理下手。営業部署で鍋パーティをやったときなんて、私が包丁の持ち方から教えてあげたくらいなんだから。いくら自宅通勤って言ったって、あれはないでしょうって感じだったわ」
  しかし、久美のはこちらが反論しないことを幸いとしてさらに調子に乗ったらしい。その後も人をだしに使った自慢話が出るわ出るわ。
「可哀想だけど、今関くんも遥夏だけは止めておいた方がいいって。コレ、私からの本気の忠告だからね!」 ここで一度私の方を振り返り意味深な目配せをしたあたり、もしかして彼女なりにフォローを入れてくれたのかも知れない。須貝さんとお近づきになるために私を利用したことを、少しは気にしててくれているのかな?
  ……だけど、ここまで言われるのはどうかと思うなあ。
「ふふ、お心遣いありがとうございます」
  軽い笑い声と共に、今関くんが手にしたのは完璧に美しいかたちをしているおにぎり。中身は辛子明太子だ。その他にも挽肉だねの真ん中にゆで卵を入れたスコッチエッグ、野菜を芯に巻いた鶏ロール、シーフードのマリネ……と、かなり手間の掛かった料理ばかりが並んでいる。
「でも、俺はグルメじゃないんで。炊きたてのご飯と味噌汁があればそれだけで満足なんです。自分で卵かけご飯にすれば、殻が入る心配もありませんから」
  そして、また反則の「にっこり」をトッピングしてくる。
「俺はこうして、遥夏さんと巡り会えただけで十分に幸せですから」
  さすがの久美もこの発言には唖然、いったいあんたたちってどういう関係よ、とでも言わんばかりに私を振り返る。
  いや、そんな目で見つめられたって、こっちも困るから! 久美も今にわかるよ、今関くんが今この瞬間に腹の内で何を考えていたのかってことを。ああっ、今すぐに教えてあげたいけど、さすがにそれは無理だなー。
「ま、まあ、価値観は人それぞれだと思うしね」
  どうにか言葉を返した久美のこめかみのあたりがぴくぴく言ってる。
  しめしめ、これは内心かなり気分を害していると見たぞ。正直なところ、彼女が今関くんに対してマイナスの評価を持ってくれるのはとてもありがたいことだ。

 のんびりとランチを終えたあとは、園内に設置された植物園をのんびりと探索。自然と、それぞれのペアに別れて行動する流れになってしまうため、私の隣には当然今関くんがいる。
「……面白くなさそうな顔をしてますね」
  そう言う彼の方は、相変わらずの満面の微笑み。まあ、この人にとって私は「カモ」なのだから、必死でご機嫌取りをしたくなる気持ちもわかるんだけどね。それにしても、どうしてここまでニコニコしていられるのか謎だ。
「そりゃそうよ、全然楽しくなんてないもの」
  観覧車は相変わらずの行列だったから、諦めてお開きになるものだとばかり思ってた。須貝さんと久美は上手くやってるみたいだし、このあとふたりで映画でもどこでも行けばいいじゃない。
  それなのに、あと数時間待てば絶対に空いてくるって言い張るんだもの。本当に嫌になっちゃう。
「でも、せっかくここまで来たんですから、もう少しだけ付き合ってあげた方がいいと思いますよ」
  何かを指さして歓声を上げている久美の隣で、眼を細めている須貝さん。今関くんの眼差しの向こうには誰から見ても幸せそうなカップルであるふたりがいた。
「あれでいて、剛はとても慎重なタイプですから。久美さんは気さくでいい方ですが、まだ今の調子だと様子見って感じですね」
「……そうなの?」
  まあ、当たってるって気もするかな。
  久美って、いつもあんな感じだものね。憎めない程度の嘘は普通についちゃうし、本人はそれを少しも後ろめたく思ってない。でも実際、一緒にいるととても楽しいし、私はそんな久美のことが大好きだ。
  今回ばかりは、ちょっと痛い目に遭うことになっちゃうだろうけど、彼女ならそういう事態もきちんと乗り越えてくれるって信じてる。
「営業部って、頭の硬い人が多いみたいね」
  そのくせ変なところで鼻が利くって言うか 、悪知恵が働くっていうか。
「えーっ、それは誤解ですよ。ただ、人間同士の付き合いばかりを続けてますから、どうしても慎重に考えるようにはなりますね」
  そして今関くんは、眩しそうな眼差しでこちらを振り返る。
「でも俺は、彩夏さんがとても素敵な人だってわかってますから」
  ―― 私は、今関くんがとても腹黒な人だって知ってるよ。
  今すぐにこの言葉を吐き出すことができたなら、どんなにすっきりするだろう。でも、まだ無理なんだよね。私には武内さんとの約束がある。まだ話の糸口すら見つけられないけど、少しでも私たちの部署の助けになることがあるなら、頑張らなくちゃ。
「ところで、さっきの話の続きはしないんですか?」
  そしたら、急に話を振られたりして。すぐには何のことかもわからなくて途方に暮れてしまう。
「さっきの……って?」
「俺が遥夏さんのことを好きになった理由のこと」
  ああ、そのことか。うーん、答えはすでにわかっているんだけどな。ここは知らんぷりをして、ざっくり切り込んであげようかしら。
「うーん、でもそれってタダってわけにはいかないって話でしょう? 残念ながら、今日の私には持ち合わせがなくって」
  別にそういう意味で言われた訳じゃないってわかってるけど、適当にあしらってみる。
  そうしておいて、どうにかして会話の主導権をこちらに持ってこないとって考えてた。ああ、武内さん。どうか私に力をかして……!
「あっ、あの! 今関くん―― 」
「何?」
  少し驚いた顔で、こちらに向き直る彼。
  すぐ隣を歩いているんだから、こんなに大声で話し出すこともなかったんだよね。なんかもう気負いすぎていて、自分でも悲しくなってくる。
「ええと……ちょっと小耳に挟んだんだけど、今関くんは今年の社内企画選考会に参加するんだって?」
  できる限りさりげなくとは思っているものの、ちゃんとできているか自信がない。心臓がひとりでにバクバクと走り出して、自分では制御しきれなくなってるし。
「あ、そうなんですよ。さすが、主催部署だけあって情報が早いですね!」
  わざとらしくなってないかどうか不安で不安で仕方ない私のことなんて全然気づかないみたいに、今関くんは明るい笑顔で話を続ける。
「嬉しなあ、相当の申し込みがあるって聞いてましたから、気づいてもらえないだろうと諦めていたんです。こっちから話をするのも売り込んでるみたいで気が引けたし」
  あれ、一応はそう言う気遣いもあったのかな。……いやいや、これも作戦のひとつかも知れないし。
「俺、担当部署に配属されないかぎり、企画のプロジェクトには関われないとばかり思っていたんですよ。それが、本社にはこんなすごいイベントがあるって知って、これは絶対に参加しなくちゃって……!」
  両手で握り拳を作って気合いを入れるポーズを取った今関くんのはるか向こう、円盤形のくるくる回転するアトラクションがどんどん加速していく。季節の花が咲き乱れている花壇の間に通された遊歩道に、たくさんの親子連れやカップルが歩いていた。
「最初に上司から話を聞いて、そのあと過去に参加したことのある先輩方にもいろいろ伺って、今はもう楽しみで楽しみで仕方ないんです。こうしていても、新しいアイディアがどんどん浮かんでくるんですよ!」
「そ、そうなんだ……」
  何なの、この人。いったいどこまでお気楽なのよ。
「優勝した企画はそのまま実際にプロジェクトとして動き出すんですよね、自分の思い描いた街や施設が目の前に現れるなんて、想像しただけで身体の震えが止まりません! ……あれ?」
  そこで、今関くんはふと足を止める。
「剛たち、どこへ行ったんでしょう? いつの間にか姿が見えなくなっているんですけど―― 」
  え、そんな馬鹿なと思ったけど、本当にどこにもいない。この植物園は平坦な造りですべてが見渡せるのに、あの派手な格好の久美が見つからないなんておかしい。
「うーん、どうしよう。携帯で呼び出そうか?」
  柔らかな春風がどこからか吹いてきて、私と今関くんの髪を揺らして通り過ぎていく。
  そして、私は気づいていた。その瞬間まで、久美と須貝さんのことをきれいさっぱり忘れていたということを。

 

つづく (101022)

 

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