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 帰りの電車の中では、いろいろな話をした。
  今関くんの子供の頃のこと、すごい悪戯っ子でいつも周りに迷惑を掛けていたとか、それこそもっともらしい具体例をいくつも挙げて。
「え、そんなのって嘘でしょう。人のこと、騙そうとしたってそうは行きませんからね」
  わざときつい口調で言ったのに、彼はやっぱり笑ってる。
「繁に聞いてくれればわかりますって。あいつとも先日、久しぶりに会ったんです、お互い変わっていて驚きましたね。大人も手を焼く悪ガキたちが、今では立派な社会人してるんだからすごいなって。ついでに遥夏さんのこともたくさん聞きましたから、これからはその情報を駆使して落としに掛かりますからそのつもりで」
  それって、弟にも私たちのことが筒抜けだったってこと? だからなのかな、最近弟がやたらと絡んできてたのは。今関くんとのことがどんな風に進行しているのか素知らぬふりでうかがってたなんて、趣味悪すぎ。
  嫌だなあ、もう。
  どこまでが本気で、どこまでが冗談なのか、さっぱりわからないんだもの。
  私たち、こうしていると普通に恋人同士みたいだけど、実はまだまだ不透明な部分もすごく多いと思う。こんなままで心が寄り添えるわけないし、そもそも私には「自分の方が年上だから」っていう気持ちがある。いくら飛び級で学年を追い越したって、実際の年齢はそのままなんだよ? そのあたり、わかってるのかな。
「そ、そんな脅しに乗るわけないでしょ?」
  可愛く甘えるのも、永遠に無理。何だか、やりにくいなあと思う。
「そうか、じゃあどんな脅しだったら有効ですか? 教えて欲しいな」
  挑発してくる微笑みに、早くもノックアウトされかかってる。本当に情けないよな、私。でもそれがわかるとますます意固地になってしまうんだ。
「自らの手の内を明かすわけないでしょ? 馬鹿なこと、言わないで」
  これから私たちって、本当にどうなるの? まだまだわからないことだらけだよ。それに……宮田さんのことだってあるし。
  彼女、絶対に諦めないと思う。どんな方法を使ったって、今関くんの心を掴もうって、躍起になっているはず。それだけの覚悟を彼女に決めさせたのは、他でもない今関くん本人だもの。ここでぐだぐだ言ったって始まらないんだよ。
  ……私、嫌だなあ、彼女と張り合うの。絶対に分が悪いってわかってるもん。
  宮田さんって、美人だしスタイルもいいし、ついでに秘書課に配属されるだけあって気配りも満点な上に頭もいい。どこをどう取っても、私に勝ち目はないじゃない。
「……遥夏さん?」
  振り向いたら、彼の指が頬に触れる。これってわざとやったでしょう? 子供っぽすぎて、嫌になる。
「何?」
「そうやって膨れてるのも可愛いんですけど。あまりに待たせすぎて、疲れちゃいました? でも、こっちだって大変だったんですからね。舞台から消えてしまったお姫様を捜すのは。俺がどんなに頑張ったか、少しは想像して欲しいものです。あまり邪険にされると、こんどはこっちが拗ねちゃいますよ?」
  そう言って、わざと頬を膨らませて見せる。本当に訳のわからない人、やることなすこと予想が付かなくて、こっちは驚いてばかりだ。
「もう……馬鹿みたい」
  思わず吹き出しちゃったら、つられるみたいに彼も笑顔になる。そしておでこをくっつけるみたいにしてひとしきり笑い合ったりしてね。そういうのがすごくくすぐったい。
  そして、朝と同じ噴水の前まで戻ってきたとき。
  今関くんはそのときまでずっと繋いだままだった手をぎゅっと握りしめて言った。
「遥夏さん、今夜は俺の部屋に来ませんか?」

 御両親は、未だにアメリカ暮らし。元住んでいた家はとっくに人手に渡っている。
  そういう状況の彼は、マンションでひとり暮らしをしていた。とはいっても、所有者は彼のお父さん。仕事でこっちに来たときにも使えるようにって購入したらしい。
「急ぐのはやめたんじゃなかったの? 今関くんって、言ってることとやってることが全然合ってないじゃない」
  こんなときまで、可愛くない私。だけど、強がる口元がすごく震えてる。
「うーん、気持ちを手に入れるのはゆっくりでもいいと思ったんですけど……」
  わかってるんですよ、と言わんばかりに唇に触れる指先。そこで胸がどきんと大きく跳ね上がる。
「カラダは先に欲しいなとか、思ったんですよね」
  そこで、にっこりと微笑むのはやめた方がいいと思うよ? 何だか、いろんな場所が溶け出して来ちゃいそうな気がする。
「そ、そんな……横暴すぎるじゃない」
「なに言ってるんですか。ここまでついてきたのは、遥夏さんですよ?」
  薄暗い部屋。きゅっと抱きしめられて、お互いの体温を確かめ合う。
  どうしてなんだろうな、この人の温度はすごく好きだ。そっと寄り添っていると、不安なこととか悲しいこととか、どんどん消えてなくなってしまう。何故、こんな気持ちになるのか、いつも不思議だった。
  惹かれたくないのに惹かれてしまう、囚われたくないのに囚われてしまう。
  自分の気持ちに逆流したければしたいほど、取り込まれる力がますます強くなっていった気がする。
「ご褒美、いただきますよ」
  そして、甘いキス。
  当然そうだろうなと思ってはいたけど、やっぱりこの人ってすごく上手だ。……って、私は武内さんとしかしたことなんだけど。少なくともそのときよりは深い愛情を感じる。
  そんなこと考えてたら、急に唇に鋭い痛みが走る。
「……いたっ!」
「駄目ですよ、……今ほかのことを考えてたでしょう?」
  そして、今度はもっと深く。身体じゅうが彼の吐息で染まるほどに長く長く触れ合う。くすぐったくて、心地よくて、夢みたい。こうしていると、ふたりの心が同じ色になってしまいそうだね。
「俺は遥夏さんに夢中なんです。ずっとずっと前から、そして、これからずっとずっと先まで」
  そんなこと、約束なんてできるわけないのに。なのに、そう言いきってしまうところがすごいね。
  ワンピースのストラップに掛かる長い指先。そこがちょっとだけ震えてる。
  もしかして、彼も緊張しているのかな。そう思ったら、なんだかホッとした。
「……今、笑いましたね」
  あ、ばれた? 変なところでめざといんだからな。
「そんな風に余裕の振りしてると、あとで痛い目に遭いますよ?」
  そう言いながら、彼は自分のシャツを床に落とす。その下から現れた肉体は、間違いなく大人の男性だった。そんなの当然なのに、最初からわかっていたはずなのに、それでも戸惑ってしまう私がいる。
「好きです、遥夏さん」
  もう一度、きつく抱きしめられて。その体温を身体にしっとりとまとわりつかせたまま、私たちはベッドに倒れ込んでいった。

 目覚めたときには朝になってるのかな、って思ったんだけど。意外にも、まぶたの向こうに見えたのは薄暗い部屋だった。
「……どうしました?」
  枕元の携帯で時間を確かめようかと腕を伸ばしかけたら、そのまま抱きすくめられてしまう。お互い何も着てないから、すごく艶めかしい。しかもその感触をいちいち確かめるみたいに、少しずつ角度を変えて何度も何度も触れてくる。
「ううん、……なんでもない」
  目が覚めたら、すぐ側に誰かがいるって、すごく恥ずかしいかも。そう思っている間に、くすぐったいキス。額に唇に頬に、そして首筋にも。
「なんかもう、最高だな。夢ならば、二度と覚めないで欲しいと思いますよ」
  そう言ってまた、甘えるみたいに抱きついてくる。だけどもちろん、彼の方がずっと大きいから、思い切りくっつかれると少し息苦しい。
「夢なんかじゃない、これは現実だよ」
  だから、もうちょっと楽にしてくれって言ってもいい?
「そうですね、……そうであって欲しいな」
「当たり前でしょう」
  子犬みたいにじゃれあって、何度も何度もお互いを確かめ合う。やがて彼は仰向けになって、その上に私の身体を重ねた。
「……重くないの?」
「そんなことありません、すごく気持ちいいです」
  私は伸び上がって、自分から彼にキスをしてた。そうするのが当然みたいな、そんな気がして。
「寝ぼけ眼な王子様を、起こしてあげる。いつまでも夢の中を漂い続けていたら、困るもの」
  もちろん彼はちょっと驚いた顔になったけど、その後にっこり笑う。
「ずいぶんと積極的なお姫様ですね、そんな風に挑発されるとこっちもやり返したくなりますよ」
  今関くんはすぐに私の感じやすい場所を探り当てて、そこを執拗に指先で何度も辿る。
  途中までは必死に我慢してたけど、すぐに限界が来てしまって。そんな私を見つめて満足げな微笑みに囚われていく。
「これはたまりませんね、夢中になってしまいそうです」
  あまりの恥ずかしさに顔も上げられず、私は彼の胸にしがみついていた。
  ―― 私も夢中になってしまいそうだよ。
  そんな囁きを、指先の熱にそっと隠して。

 

おしまい (110503)

 

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