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 私と弟は、ちょうど十センチくらいの身長差。だから目線もそれほど変わらないし、威圧感もない。でも今、目の前にいる今関くんは、弟よりもさらに十センチ近く長身なんじゃないかな。はっきり数値で訊ねたことはないけれど、誰と並んでもいつでも「あれ?」と思ってしまうくらい差がある。
  かなりの鋭角に見下ろされると、さすがに緊張する。私の方が二歳もお姉さんなのに、こんなのってすごくずるいと思う。
  そんなこんなで、廊下を歩く人たちからは死角になる柱の影にいつの間にか連れ込まれていた。
「遥夏さんって、ずいぶんと薄情な方だったんですね」
  今日は特別の日だから、いつもよりもぱりっと決まったスーツで臨んでいる。髪型もばっちり決めて、ルックスでは満点以上がもらえそうな感じ。
「昨日の晩は遥夏さんから激励の電話やメールが来るんだって期待していたんですけど。それって、俺の勝手な思い上がりだったってことですか?」
  明らかな怒りの響き。だけど、私にはそれがひどく白々しいものに感じられた。
「そんなことを言うために、わざわざ私を呼び止めたの?」
  だから、自分でも驚くほど強気に切り返すことができた。やっぱ、強い口調にはそれと同じくらいの勢いで向かっていかなくちゃ。
「別に私が言わなくたって、他に声を掛けてくれる人はたくさんいるでしょう」
  それでも、ひとりでも多くの人から励ましてもらいたいなんて、そんなの子供っぽすぎる。いいじゃない、あなたは人気者なんでしょう? 部署のみんなにも、それ以外の人たちからも、そして昨夜は宮田さんからも……たくさんの応援をもらったはずだよ。
  その上に、たかだが私ひとりが言葉を付け加えようとそうじゃなかろうと、あまり変化があるとは思えない。
「だけど、僕は遥夏さんからの言葉が欲しかったんです」
  ……ええと、それって。
  窮地を救ってやったんだから、相応の恩返しをしろってこと? あんまりにも、押しつけがましい気がするよ。
「……そう、それは申し訳ないことをしたわ」
  私って、最悪だな。どうして素直に「頑張って」って言えないの? だけど、……こうなってくると心が凝り固まってどうしようもなく意固地になってしまう。
ああ、嫌だ。自分が情けなくてどうにもならない人間だってことくらい、もうとっくにわかっているんだから、……だから、もう放っておいて欲しい。
「言いたいことはそれだけ? じゃあ、私はこれで」
  何よ、自分はもうとっくに宮田さんとイイ感じになってるじゃない。それなのに、私なんかに声を掛けてこないで。博愛主義を気取って、ファンサービスでもしているつもり? それって、思い上がりもいいところだよ。
「待ってください、遥夏さん」
  こっちが冷たく突き放しても、彼はまだ果敢に食い下がってくる。
「突然、どうしたんですか。俺、遥夏さんにこんな態度を取られる覚えはありませんよ?」
  その言葉を振り払って立ち去ろうとしたのに、もうちょっとのところで腕を掴まれてしまう。
「ちゃんと俺の目を見てください。そして、言いたいことがあるなら、隠さずにすべて伝えてください」
  ……何それ。アメリカ式だか何だか知らないけど、自分流の考え方を勝手に押しつけないでほしい。
「……」
  こんな風にしている間にも、宮田さんが探しているんじゃないの?
  そんな言葉が喉の奥まで突き上げて、そこで止まる。私の中のどろどろした気持ち、無理に表に出すことはないよね? この先どうなろうと失うものはもう何もないけれど、そこまでさらけ出したらさすがに「負け」って気がする。
「……遥夏さんっ!」
  しびれを切らしたみたいに叫ぶ今関くん。そんな彼に私は静かに首を横に振った。
「ごめん、本当に急がないといけないから」
  いいんだよ、今関くん。あなたがこの先に誰と仲良くしたって、私は決して恨まない。真っ直ぐに伝えてくれた気持ちを受け取れなかったのは私だもの、今更何を言っても始まらないよね。
「じゃ、行くね」
  静かに振り払うと、呆気なく彼の束縛は外れた。そして、くるりときびすを返す。
「今関くんの発表、楽しみにしている。頑張ってね」
  面と向かって言ったら、きっと泣き出しちゃったかも知れない。いろんなことに後悔しすぎて、私はそろそろ限界に近づいていた。
「ちょっ……、待ってください! 話、終わってませんから……!」
  次の瞬間、信じられないことが起こる。
  背中にぴったりと寄り添った彼の温もり、私は後ろから強く抱きすくめられていた。
「俺、今日の発表は遥夏さんに向かって話します。ですから、最後まで俺のことをしっかりと見守っていてください。……お願いします」
  辛そうに、絞り出すように告げる声。私を抱きしめる彼の腕は大きく震えていた。

 午後、四人目の発表者として壇上に立った武内さんは、連続優勝を重ねる部署の代表者としての自信に満ち溢れていた。その勇姿をひと目見ようということなのか、ギャラリーが午前中の倍くらいに増えている。本社を上げての企画だから、最終プレゼン当日は手持ちの仕事の手を止めてでも会場を訪れようとする社員が多い。そして、会社側もそれを前向きに認めている様子だ。
「それでは、始めさせていただきます」
  企画開発部二課が総力を挙げて取り組んできた今回の事案。部署内のメンバーそれぞれが自分の得意分野を受け持ち、何度も何度も練り直して進めてきた。私は途中でその輪から外されてしまったけれど、それでもまだ自分たちの考えたものに愛着がある。
  前にも話したように、今年の課題として挙げられたのは、とある地方都市の再開発計画だった。開発半ばで放置され、今や世間からも忘れ去られようとしているニュータウン、つまり新住宅市街地。最寄りのJR路線から遠いために当初の計画どおりには移住者が集まらず、また別のルートから伸びてくるはずのモノレール線も長年の不況の波にさらされて遙か彼方でストップしたままだった。
  十年以上前にどうにか復興を試みようとした自治体が、その住宅地と隣接していた丘陵を切り開き巨大なショッピングモールを造る計画を立てた。しかし事業主に名乗り出た企業があまりに採算が合わないと撤退してしまい、その場所は中途半端に整地されたままで長い間放置されている。
  だから今回の事案では、その広大な土地をどのように有効活用するかということと、もうひとつはいかにして新しい移住者を呼び込んで地元活性化をするか、とくにその二点に注目が集まった。
  午前中に行われた三組おのおのの発表でも、その部分が大きく取り上げられている。当初の計画どおりにショッピングモールを建設する案が有力であり、さまざまなアイディアが盛り込まれたデザインや見取り図が発表されて参加者の目を引いていた。
  参加者の手元に配られている資料。その中にも記されているように、武内さんが発表する我が企画開発部の事案でも巨大モールの建設が取り上げられている。外装デザインや見取り図は、CG加工が得意なメンバーが修正に修正を重ねて今のかたちとなった。
  このような場合、発表の順番で似たようなアイディアでもずいぶんと印象が変わってくると言わざるを得ない。やはり「先手必勝」というのが大きいかな。正直、ウチの計画書の方が上手くまとまっていると思うのだけど、午前中の発表の印象が強すぎて何となく霞んでしまっているみたい。
  ―― でも。
  壇上の武内さんにはまったくの迷いがない。よどみのない口調で発表を続けていきながら、その表情には自信がみなぎっている。去年も一昨年も、同じような勇姿を眺めてきた。でも今年の武内さんが一番輝いているように見える。
  ……できることならば、ずっと憧れの存在でいて欲しかった。
  悪い仲間たちに流されて、悪事に手を染めていく姿をこれ以上見ていたくない。武内さんには明るい場所で、思う存分その能力を発揮して欲しかったのに。―― どうして、途中で道を違えてしまったのだろう。
「―― さて、すでにご承知のとおり、このニュータウンは近年過疎化に拍車がかかっています。わずかに残った住民のその大半は高齢者と呼ばれる年代の方々。せっかく巨大なモールを建設したところで、そこに集まる消費者がなくては始まりません。そこで、我々はこの広大な土地の一角に大学を誘致することを計画しました」
  会場のあちらこちらからどよめきが上がる。午前中の発表では、交通網の整備や受け入れる自治体の補助金などの案が主であったから、この意見が新鮮に映ったのだろう。
「一時期よりは土地の価値が下がったとはいえ、未だに都心の地価には法外なものがあります。学生ならば、都心に通勤するサラリーマンのように交通の不便さを気にすることもありませんし、彼らが楽しめるような施設がすぐ側にあればそこにお金を落としてくれるでしょう。また、このショッピングモールは彼らが労働体験をするための貴重な空間にもなります。地域に若い力、これこそが地元を盛り上げる原動力になるのではないでしょうか?」
  さらに会場からはざわざわと囁き声が聞こえる。一定の評価が示されたことに武内さんもとても満足した様子。その笑顔がさらにきらめいた。
「このショッピングモールには映画館や各種スポーツ施設はもちろんのこと、スケートリンクの設置も考えています。近年ますます我が国のウィンタースポーツ事業はめざましい進歩を遂げています、その一方で地球温暖化などの影響により各地のスキー場などが閉鎖の危機にさらされていることは皆様のすでにご存じのとおり。本格的な施設を置くことで、その方面への助けにもなれればと考えます。そしてプロスポーツの大会が開かれることになれば、さらに多くの観客動員も期待できますし……」
  この案については、部署内から「行き過ぎではないか」という意見も出た。実現が難しい内容も含まれており、さすがに砂上の楼閣的な話になっていないかと。でも、そんな弱気発言を武内さんは一蹴した。
「だいたい、今回の事案は優勝したところで実際にプロジェクトとして動き出すことはあり得ない。だから今は勝つことだけを考えればいい」
  確かにその言葉には一理あると思う。でも、私はそのとき全面的に賛同できなかった。当時のことを、改めて思い出したりする。
  そして。
  私以外に少なくとも会場内にもうひとり、納得のいかない表情を浮かべている人間がいた。

 

つづく (110412)

 

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