和歌と俳句

正岡子規

草市や人まばらなる宵の雨

燈籠をともして留守の小家哉

賤が檐端干魚燈籠蕃椒

火や消えし雲やかかりし高燈籠

同じ事を廻燈籠のまはりけり

いざたもへ迎火焚てまゐらせん

棚経や小僧面白さうに読む

施餓鬼舟はや竜王も浮ぶべし

盆過の小草生えたる墓場哉

なまくさき漁村の月のかな

玉川や夜毎の月に砧打つ

こしらへて案山子負ひ行く山路哉

兼平の塚を案山子の矢先かな

余り淋しと鳥なと飛ばせ鳴子引

二三匹馬繋ぎたる新酒かな

おもしろや田毎の月の落し水

夕焼や鰯の網に人だかり

蓬生や我頬はしる露の玉

旅籠屋の戸口で脱げば笠の露

草の戸やひねもす深き苔の露

白露や芋の畠の天の川

朝露や飯焚く煙草を這ふ

けさの露ゆふべの雨や屋根の草

無造作に名月出たる畠かな

物干しに大阪人の月見

方丈や月見の客の五六人

名月や寺の二階の瓦頭口

あら波や二日の月を捲いて去る

月ならば二日の月とあきらめよ

我国に日蓮ありて后の月

月暗し一筋白き海の上

須磨の海の西に流れて月夜哉

読みさして月が出るなり須磨の巻

藍色の海の上なり須磨の月

上る大仏殿の足場かな

絶壁の草動きけり秋の風

ともし火を見れば吹きけり秋の風

船よする築嶋寺や秋の風

秋風や囲ひもなしに興福寺

右京左京中は畑なり秋の風

般若寺の釣鐘細し秋の風

古里や小寺もありて秋の風

秋風や平家弔ふ経の声

秋風や生きてあひ見る汝と我

送られて一人行くなり秋の風

秋風や高井のていれぎ三津の鯛

無住寺に荒れたきままの野分

豆腐買ふて裏道戻る野分

天の川浜名の橋の十文字

鳥消えて舟あらはるる霧の中