和歌と俳句

正岡子規

長き夜や障子の外をともし行く

羽織著る秋の夕のくさめ哉

汽車の窓に首出す人や瀬田

蓑笠をかけて夜寒の書斎かな

風入や五位の司の奈良下り

鳴子きれて粟の穂垂るるみのり哉

野分して蝉の少きあした哉

鎌倉や畠の上の一つ

琵琶一曲は鴨居に隠れけり

月さすや碁をうつ人のうしろ迄

月曇る観月会の終り哉

三十六坊一坊残る秋の風

精進に月見る人の誠かな

野分して片枝折れし松の月

淋しげに柿くふは碁を知らざらん

師の坊に猿の持て来る木実哉

湯治二十日山を出づれば稲の花

この頃の蕣藍に定まりぬ

朝顔や松の梢の花一つ

朝顔の花猶存す午の雨

日おさへの通草の棚や檐のさき

茶の土瓶酒の土瓶や芋団子

芋阪の団子の起り尋ねけり

琵琶聴くやをくふたる皃もせず

老僧に通草をもらふ暇乞

舟歌のやんで物いふ夜寒かな

鶏頭の皆倒れたる野分

樽柿を握るところを写生哉

妹が庭や秋海棠とおしろいと

蕃椒広長舌をちぢめけり

画き習ふ秋海棠の絵具哉

人賤しく蘭の価を論じけり

筆談の客と主や蘭の花

鐘の音の輪をなして来る夜長

冬近き嵐に折れし鶏頭

冬を待つ用意かしこし四畳半

病間あり秋の小庭の記を作る

母と二人いもうとを待つ夜寒かな

痩骨をさする朝寒夜寒かな

病牀の財布も秋の錦かな

いもうとの帰り遅さよ五日月

こほろぎや物音絶えし台所

秋の蚊のよろよろと来て人を刺す

くふも今年ばかりと思ひけり

取付て松にも一つふくべかな

臥して見る秋海棠の木末かな

秋海棠に鋏をあてること勿れ

糸瓜さへ仏になるぞ後るるな

悪の利く女形なり唐辛子

驚くや夕顔落ちし夜半の音