和歌と俳句

夏目漱石

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永き日やあくびうつして分れ行く

わかるるや一鳥啼て雲に入る

窓低し菜の花明り夕曇り

山吹の淋しくも家の一つかな

塔五重五階を残し霞みけり

ひたひたと藻草刈るなり春の水

岩を廻る水に浅きを恨む春

散るを急ぎ桜に着んと縫ふ小袖

人に死し鶴に生れて冴返る

ふるひ寄せて白魚崩れん許りなり

落ちさまに虻を伏せたる 椿

貪りて続け様に鳴く

のら猫の山寺に来て恋をしつ

ぶつぶつと大な田螺の不平哉

柳あり江あり南画に似たる吾

或夜夢に雛娶りけり白い酒

姉様に参らす桃の押絵かな

は物の句になり易し古短冊

木瓜咲くや漱石拙を守るべく

春の夜を兼好緇衣に恨みあり

程な小さき人に生れたし

前垂の赤きに包む土筆かな

水の映る藤紫に鯉緋なり

梓彫る春雨多し湖泊堂

土筆物言はずすんすんとのびたり

いの字よりはの字むつかし梅の花

金泥もて法華経写す日永

春の夜を小謡はやる家中哉

謡ふものは誰ぞ桜に灯ともして

八時の広き畑打つ一人かな

角落ちて首傾けて奈良の鹿

菜の花の中へ大きな入日かな

木瓜咲くや筮竹の音算木の音

若鮎の焦つてこそは上るらめ

夥し窓春の風門春の水

据風呂に傘さしかけて春の雨

泥海の猶しづかなり春の暮

石燈や曇る肥前の春の山

松をもて囲ひし谷の かな

雨に雲に桜濡れたり山の陰

菜の花の遥かに黄なり筑後川

人に逢はず雨ふる山の花盛

筑後路や丸い山吹く春の風

山高しややともすれば春曇る

濃かに弥生の雲の流れけり

拝殿に花吹き込むや鈴の音

金襴の軸懸け替えて春の風

留針や故郷の蝶余所の蝶

しめ縄や春の水湧く水前寺