和歌と俳句

與謝野晶子

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仁和寺の ついぢのもとの 青よもぎ 生ふやと君は とひ給ふかな

一もとの 直立の杉の もとに居て おぼろ月夜を よろこびぬわれ

紫の 藤ばなちりぬ 青の羽 よきつばくらの 出づさ入るさに

にくき神 やぶれはてなむ あとぞなへ せよと心を あなづりて見ぬ

とある人 思しきざすと さびしくも 心よく読む 用なきこころ

二十四時 日のいとなみに われ恋ふる 君にひとしき かたよりごとす

火の中の きはめて熱き 火の一つ 枕にするがごとく頬もえぬ

千里より 悲しきことを 知れる人 こしとばかりに 泣きたまふかな

君が歌 ほろびぬ世まで くま柏 御墓を青く おほへとぞ思ふ

うとましや 病は死なむ ためならず われおとろへぬ 近き月日に

山しろや 古き都は 寺寺の 元朝つぐる 鐘めでたけれ

君しるや 人づれななる わが胸に 涙ながして かよりくるもの

なつかしき 心くらべと いとからき 心くらべて 刻刻うつる

君を問はれ やさやさしさは またあらぬ 人かと云ひぬ ふかく思はず

まことしき 無き名なりけり まことしき 名なりしゆゑに 今日もしのばゆ

そよ風は おもかげもてく 三月や 小木曽の山の 馬飼少女

朝の雨 さびしくなりぬ 紫の からかささして 七人去れば

髪に似し 花のふさよと たをめかし 藤ふく風に 朝の戸をひく

なつかしき ものをいつはり 次次に 草の名までも 云ひつづけけり

滝にぬれ 朝日夕日の 美くしく 額てる山の 石にならばや