和歌と俳句

與謝野晶子

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少女子は 春の夕ぐれ 螺がたの 階をのぼると おん手によりぬ

しろ銀の 魚鱗の上に 富士ありぬ 相模の春の 月のぼる時

加茂川の 石みなぬるる むつかしと 人をよぶなり 夏の日の雨

浪華がた 浮標ごとに 火をさせる 海の上なる 天の川かな

皷うつ 小さき人を その中の 王と云はせて 夜遊す花に

うき十とせ 一人の人と 山小屋の 素子の妹背の ごとくすみにき

うす紅の 牡丹を見れば まぼろしに よき音たつる 玉のおん靴

金蓮花 すきみゆるさじ 葉にかくれ あまたの君の うたたねするを

軍門の 降人きたり いくさなき 日をよろこぶに うつつなう居ぬ

欲りすてふ かひなによらむ 明日の 日はかたりきたなむえになりとも

浜菅の き砂地に 春の風 逍遥すらし 鳥にまじりて

木なき峰 あさましからず 白樺の 山よりわたり 牛らねて居ぬ

あやめ咲く わがいそのかみ ありし日の うすら衣の 夕姿さく

うすあやの 帳の中に 紫の 藤浪つくる おん衣と髪と

春の雨 指に野ぜりの にほひする 人もまじれる よきまとゐゆゑ

いのち死なぬ 神のむすめは 知らねども この世にながく ちぎりこしかな

川のもの 洋のものさへ 斎棚に あれば美くし 悔いあらためよ

湯気にほふ 昼と火桶の かず赤き 夜のこひしき 父母の家

思ふ子よ 初秋雨の なつかしき 音にもうみぬ 涙かくしね

人を恋し われなりやがて やごとなき 自力たのみぬ 他界に後世に