われ病む日 八十まがつびの 神います 家とおもへり 君悲しむに
むかひ居て はかばかしくも もの云はぬ 人におもはれ おはすさびしさ
たのみてし 初念をにくき ものとせず ながき宿世を 相かたりゆく
おん口に 牛酪まゐる 長精進 しもゐましけむ おんおとろへに
なでしこや 瀬の渡り板 ふむときに あやふしと云ふ 馬あらふ人
山ざくら ちるとひらきし 小扇に こぼるるものは 髪にやはあらぬ
野のよもぎ いとほのかにも たきものす そよ風ふく日 雨そぼふる日
目におかず 赤の袍きる 京官も ものよく語る 山の聖も
春の雨 山の木小屋を おはれしと 語りあふなる 小牛馬の子
十二間 朱簾あげたり たそがれの あやめの色の 雲を見る時
石竹の 花のやうなる 灯を見よと 男を喚びぬ 露台の少女
汝がかげに 襟つきにくき 京の子を 見むとねがふや 春のともしび
君たちぬ 田舟さす手に 夕月の しらむをおぼえ かへり見すれば
いくよろづ 春の花しく 八尋殿 小鳥うたはせ 君まちて居ぬ
思ひ給へ 悔もおそれもなき 魂と ひとしく去なむ 天見るわれを
かくながら 天命をはる 日をおもひ よろこぶ人を いだけるかなや
若き日の ちなみ覚ゆる 名の一つ 名のる人かな 涙ながして
大方は 華めく人に かなしさを 問はむはやすき ことばと知らず
春はよし 夕ほつるる おん髪も 糸すぢつくる 朝なで髪も
去年今年 山の男女の 風俗に なれて来にける 上つ毛の宿