北原白秋

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日の光 い照りかへせば くれなゐに 急須動きて しじに燃ゆるも

燃えあがる 急須つらつら それの息を そばの茶碗に 薫しけるかも

急須燃え そしてまろらに 茶碗ゐる この親しさの 限り知られず

日ぐらし 急須と茶碗と さしむかひ 泣くが如しも その湯気立てば

ふつふつと 小さき生物 香を放つ うつくしきかも まんまろな盆に

いついかに 誰がさしよせし 知らねども 涙ぐましも 茶碗と急須

急須燃え 茶碗湯気ふく それよりも なほ温かき なからひにして

思ひあまり 急須と茶碗と 人知れず そがひに廻り 泣けるごとしも

何ぢやとて そげなそしらぬ ふりをする 急須こち向け 日も暮るるぞよ

盆の上に 急須ありまた 茶碗ゐる ここの世界も 安からなくに

大きなる 足が地面を 踏みつけゆく 力あふるる 人間の足が

畑に出でて 見ればキヤベツの 玉の列 白猫のごと 輝きて居る

地面踏めば 蕪みどりの 葉をみだす いつくしきかも わが足の上

地面より 転げ出でたる 玉キヤベツ いつくしきかも 皆玉のごと

摩訶不思議 思ひもかけぬ わが知らぬ 大きなるキヤベツが わが前に居る

しんしんと 湧きあがる力 新らしき キヤベツを内から 弾き飛ばすも

さ緑の キヤベツの球葉 いく層 光る内より 弾けたりけり

大きなる 眼がキヤベツを 見てゐたり たまらず涙 ながしけるかも

ふと見つけて ありがたきかも さ緑の 野菜のかげの 大きな片足

重々と 濡れし投網を 蕪畑 蕪葉の上に 吾がかい手操る

蕪の葉に 濡れし投網を かいたぐり 飛び飜る河豚を 抑へたりけり

蕪の葉に 濡れし投網を 真昼間 ひきずりて歩む 男なりけり

和歌と俳句