北原白秋

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赤硝子戸 ぴつたりと閉め 音もなし そこに生物 われひそみ居つ

赤硝子戸 ぴつたりと閉め なにものも 入るなかれと ひそみて居るも

日の光 いつぱいに射し わが手足 赤硝子より さらに赤しも

赤硝子 腐れ鮑を 日に干すと しよんぼり母の 外に立たす見ゆ

赤硝子、赤き卵の 累々と つまりたる函 縁側に見ゆ

赤硝子 外の光に 押し黙り 赤き人間 何をか為すも

二方に 向きて犬ゐる 赤硝子戸 うちたたきても 逃げざりにけり

かぢめ舟 けふのよき日に うちむれて いちどきにあぐる 棹のかなしも

春過ぎて 夏来るらし 白妙の ところてんぐさ 取る人のみゆ

日は麗ら 薔薇あまりに 色紅し わつと泣かむと 思へどもわれ

日の光 そこにかんかん 真四角の 氷の角は 照らされにけり

天を見て 膨れかがやく 河豚の腹 ぽんと張り切る 昼ふかみかも

青芝に そつと放せば 昼深み 生の伊勢蝦 飛びはねにたり

ゆつたりと 蒲団の綿は 干されたり 傍に鋭き 赤たうがらし

しみじみと 水にひたせど 真珠貝 遂に水をも 吸はざりにけり

餌舟に 光り漕ぎ寄り 静まれる 舟いちどきに 動きけるかも

和歌と俳句