北原白秋

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麦藁帽子 野菜の反射 いつぱいに 受けて西日に かがみてあるも

昼休憩 秋の地面に 投げいだす 百姓の恋も あはれなるかな

銀いろの 蕪の中に 坐りたる 面黒の眼のみ 大きな娘

積藁のかげ むくむく湧きあがる パイプの煙 見つつ真赤な 日にあたり居り

秋の田の 稲の刈穂の 新藁の 積藁のかげに 誰か居るぞも

寂しけば 娘ひきよせ この男 力いつぱい 抱きぬるかも

日ざかりの 黒樫の木の 南風 素つ裸なる 夫婦に吹くも

畑に飛んで 交む鶺鴒 一点の 白金光と なりてけるかな

道のべの 馬糞ひろひも あかあかと 照らし出されつ 秋風吹けば

豚小屋に 呻きころがる 豚のかず いつくしきかも みな生けりけり

豚小屋の 上の棕梠の木の 裂葉より 日は八方に 輝きにけれ

大きなる 白の泥豚 照りかがやき 鼾とどろに 地面を揺る

いぎたなき 豚のいびきの ともすれば 霊妙音に 歌ふなりけり

泥豚の あはれな鼾 日もすがら 雁来紅を ゆすりてあるも

逞ましき 種豚の鼾 はりつめたる 雌が腹の乳に 沁みて響くかも

棕梠の木に 人攀ぢのぼり 棕梠の木の 赤き毛をむく 真昼なりけり

棕梠の木の しみ輝る下に 家畜あはれ 命やるせなく いまつるみたり

種豚は 深く押し黙り 棕梠の木の かがやけるもと また廻りたり

白豚の 精の真玉の あはれあはれ 竜胆の花に ころがりつるか

豚小屋は 寂し下ゆく 路赤く 極まり尽きて 海光る見ゆ

和歌と俳句