北原白秋

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竹あちこち ちよろちよろ川に 日の射して 水車かかれり 寒き鶏のこゑ

竹あちこち ちよろちよろ川に 日の射して 尾花かがやけり 寒き石の上

山ゆけば お山で赤い 落椿 ひとつひろはな 道のなぐさに

巣をつくる 二羽の雀が うしろ羽根 かすかにそよぐ 春立つらむか

軒の端に 雨のしづく 白露の こぼるる見れば 春は来にけり

雨ふくむ 春の月夜の 薄雲は 薔薇いろなせど まだ寒く見ゆ

雨のこる 萌黄の月の 円き暈 いまだ寒けれど 遠く蛙啼く

春浅み 背戸の水田の みどり葉の 根芹は馬に 食べられにけり

夕雨の しみらにそそぐ 茨の垣 萌えいづるそばに 馬近づきぬ

春といへど まだ寒むからし 茨の葉に 面寄する馬の 太く嚏る

雨ほそき 破垣ちかく ひそひそと 田を鋤く人の 馬叱るこゑ

霧雨の こまかにかかる 猫柳 つくづく見れば 春たけにけり

垣越しに よきしめりよと 云ふ声の うれしくぞきこゆ 田を鋤けるらし

思はぬに 虹立つ空の 夕明り 笠ふりむけて 誰ぞや仰ぐは

虹の輪の 七色ふかき 片裾は 雨しとどなり 早苗田の上

虹の輪に ひとしほ冴ゆる 早苗田の 水田の遠の 燈火の列

ひさかたの 天の彩虹 ふりあふぎ 今わがどちは 夕餉食す

雨ふくむ 野良の新樹の 空ちかく 消ぬかの虹の まだ斜なる

和歌と俳句