北原白秋

9 10 11 12 13 14 15 16 17 18

大わだつみの 波にただよふ 椰子の実の はてしも知らぬ 旅もするかも

小笠原 三界に来て 現身や いよいよ痩せぬ 飯は食めども

珊瑚寄る 嶋の荒磯に いとまなみ 昨日も今日も 痩せて章魚突く

南海の 離れ小嶋の 荒磯辺に 我が痩せ痩せて ゐきと伝へよ

あるかなく 生きて残れば 荒磯辺や 俊寛ならぬ 身は痩せにけり

愛妻を 遠く還して 離れ嶋に 一人残れば 生ける心地なし

風疾き 嶋の荒磯に 立つ煙 消なば消ぬべし 帰るすべなし

我やひとり 離れ小嶋の 椰子の木の 月夜の葉ずれ 夜もすがら聴く

嶋の子は 嶋を広しと 海鼠突き 章魚突き笑らぎ 遊び廻れる

日に照られ 波にさらされ 海亀の 甲羅の苔も 青寂びにけり

小笠原嶋 荒磯の洞に 寄る波の ゆたのたゆたに 日の永きかも

小笠原嶋 ブラボが岬に 巻く渦の こほろこほろに 故国ぞ恋しき

三日月山 三日の月より なほほそく 傾く山に かかる白滝

和田の原 なだれ逆巻く 波間より 煙あがれり 船通ふらし

日はひねもす 信天翁と いふ鳥の のろのろごゑを きけば悲しも

陸に来ては ころげ羽ばたく 阿呆鳥 逃げよとすれど 歩まれぬかも

沖つ嶋 荒磯の鴎 こゑ寂びて 飛びあへぬかも 風変るらし

椰子の実の 椰子の梢に からからと 鳴りて明るき ひと日なりけり

永き日の 椰子と椰子との 葉ずれより 気遠きものは あらじとぞ思ふ

和歌と俳句