北原白秋

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このは 貧しかりけり 庭つ鳥の 餌をひろふかに ひろふ飯の粒

貧しきは 堪へむ然れど この風の この寒さには 今は堪へ得ぬ

たまたまに 障子にあかる 薄陽のいろ うれしとは見れど すぐ昃りつつ

折ふし 障子ひびかす 羽根の音 雀ぞと思へど ほとほと寂しき

寂しさに 堪へてあらめて 云ひにけり 堪へてありけり まづこの冬は

今さらに 云ふ事は無し 妻とゐて 夕さりくれば 燈をとぼすまで

玄米の 籾がらくさき 飯ながら ほかほかと食めば あたたまるもの

貧しけば 豆なとまかめ 襷かけて さびしき妻や 鬼は外と云ふ

やらはれて 逃げゆく鬼の うしろかげ 鐘馗が睨む ふりのをかしさ

暮近き 日あし選り来て 田の縁に 出てゐる鴫か 此方向けるは

枯芝に 枯芝いろの 蝶ひとつ やすらふほどの 日の光あはれ

枯芝に 冬の日暮の 蝶ひとつ やすらひて久し ふと離れたり

一人見つ 二人また出つ はろばろと そよぐ河原の 風の穂すすき

風に出でて ながめながめて ゐたりけり はろばろしさよ 河原すすきは

路に出でて いつかちらばる 野良雀 今朝も寒きか ひとつひとつ動く

寒空を 一羽風切る 翼の冴え 寂び極まるか 雀ちちと鳴く

下声の 舟曳くならし 夜の明けて 野川の氷 こゑたつるなり

寒むざむし 背戸の水田の うす氷 茜さしつつ 夕焼早し

松ばかり 生ふる山かも 風吹けば たださうさうと 松風の音

松風の 澄み吹くところ 寺ありて ねうはち鳴らす そのねうはちを

吹きとほる 山松風の 向ひ風 群禽の団は 早や近づきぬ

吹きとほる 山松風の 空近く 吹き散らさるる 群禽のこゑ

和歌と俳句