北原白秋

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かぎろひの 夕月映の 下びには すでに暮れたる 木の群が見ゆ

月の照り 匂だち來る 雲ながら 木原が上は 色のさむけき

月の映 こもりてしろき 夜の靄に 煙かと思ふ 色ぞうごける

遠じろく うごくけむりの ふたながれ 月の光も 渡りつつあり

ひと時は 夕月映に めづらしき 遠近の谷の 早き燈火

中明る 紫の月 丘にあり 秋ぐさの花の 亂れたるかも

桔梗の 月にさやけき 松が根は ひとりかがむに しくものぞなき

洩れいづる 月の斜光と なりにけり 雨は盆地の 灯をたたきつつ

匂だち 濕らふ雲の 影見れば 小夜ふけと月も ふけて和ぎなむ

はるばると わたる月夜の うろこ雲 現しき母の 子をかかへ佇つ

月夜よし 遠き梢に 下り畳む 白木綿雲は 雪のごと見ゆ

月高し 谷地の夜霧に 尖り出て 急勾配の 濃小豆の屋根

しゆうしゆうと 夜霧ながれて ありにけり 月に光るは 玻璃の屋根のみ

硝子窗 月に開きて 坐りけり つくゑにうつる 壺と筆の影

筆立の とりどりの影 しづかなり 月夜ふけつつ ひとり坐るに

塵ひとつ 月に留めじと 思ふなり 黝朱の塗の 清の文机

ふけつくし 月の騒ぎも 過ぎにけり 梧桐の葉に 今は澄みたる

つくづくと 觀る月ならし 夜の遅き 光に妻が 面向けたる

目は盲ひて 笑かすかに おはすなり 月のひかりの 照らす面白

和歌と俳句