北原白秋

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吾が門の おもての細き 美篶原 みすずは寒し よくしをりつつ

美篶原 風の戲えの よく見えて 春早き朝の 日の當りなり

目にしげき 風の戲えは 寒けれど 美篶が原よ 春は來にけり

美篶吹き 篠吹く風の 朝東風は 目もすまにして 音のさやけさ

春と言へど いまだ篠吹く 風さきに 楊は枯れて 影あらはなり

風の吼え 聴きつつくだつ この夜さり 玻璃戸にうつり 吾が顔は見ゆ

風の夜は 暗くおぎろなし 降るがごとき 赤き棗を 幻覺すわれは

しばしばも 息吹きやすむ 風息の このけぶかさは 冱えかへるなり

夜の風の 息づきの間や 下り沈む 蘭鋳の尾鰭 ひらきゆるがず

風の音 すさぶこの夜の 篠藪を ほそくとほりて 眞澄むこゑ何

うち向ふ 春なりながら 美篶吹き 夜をしきり吹く 風のするどさ

家垣を 一夜あらしの 吹き落す 椿のあかき 花もあらむあはれ

庭の木々に すさぶ夜風は さりながら 咲きつつやあらむ そのあるものは

この闇の 木々吹きひらく 夜風には 少くも明き 燈を向けてあらむ

オスラム電球 ひたと見つめて ゐたりけり 何ぞ夜風の 息のみじかさ

繁はじく 椿の蕊の 粉のひかり 外の嵐に 燈は動くらし

夜に起ちて はげしけれども 物の芽に 息つめて吹く 風のうれしさ

息つめて 却て冷えきる 夜の風間 繼ぎ吹く風は いまだ起らず

燈のもとに 眼はひた向ふ 妻とゐて 何か後引く 暗き野の吼え

玻璃の戸を がりりとかじる 夜の風の 白き歯すごし 我は見むとす

ぬか星に 猛る嵐の 吹きあふる 照葉の椎の 鋭き光なり

黒松の 葉がひに光る 小糠星 風の喚びを 燈は消えにける

風の先 またくしづもる 小夜ふけて 軋む夜聲の 時をしむなり

風は夜は さだまりにけり うつ雨の はらはらと來て それも止みたる

しきりなく 自動車とほる 夜のおもて 間どほになれば 黎明近し

和歌と俳句