北原白秋

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耳いたむ 妻とこもりて 夜はふかし 物のこまかに はじく雨あり

この夜ふけ 聴けばこまかに きこえゐる 小雨にしあれや そそぐ春雨

北の風 吹きは入れども この窗の 隙あかりつつ 菜のあをく見ゆ

百日紅 ねめりあかるき 春さきは 眼もぬくむなり その枝この枝

櫻小學校に 櫻の校歌 成りにけり 子ら歌ふ頃は 花の咲かむぞ

襤褸市に 冬は貧しき 道の下 櫻小學に 通ふ子らはも

移るべき 家をさがすと 春早し 土耳古の帽を かぶりつつ出づ

野の方に しろき煙の 行く見れば おろそかならず 春はうごけり

春もやや 芽立張り來る 木々のまに 瓦の屋根が うちかすみつつ

風道に ひかりてしろき 花ひと木 しきりにさびし 何の花ぞも

この空の 濕りにあかる 日の在處 梢はすでに 紅み張りたる

山ゆけば しみみに戀し 日のさして 黒木に萌ゆる 色のやさしさ

春まさに ねぶたの芽ぶき いちじるし ちよろろながるる 水もおもしろ

つくばひの 日あたりに見て 春あさき 木賊は硬し 叢立ちにけり

つくばひの 水に映ろふ 赤松の 木はだなりけり 雲うすら行き

つくばひの 上清む水の 底にして 垢かぶりけり 椎二葉三葉

春と言へば 日ましに乾く 畑土の 火山灰飛ばす 錆いろの風

霾らし 嵐吹き立つ 春さきは 代々木野かけて 朱の風空

風面 朱に吹き立つ 春眞晝 ゑぐき埃に 食いとふなり

かき濁り 霾る春や おぼほしく 光無き外に 家さがしつつ

月のごと 白き夕日や 霾らし 澱む眞西の 朱のしづけさ

和歌と俳句