北原白秋

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まだ寒く 硝子の障子 鎖し竝めて たまる埃の 黄に濁りつつ

鶯や まれに梓の 下枝に 傍目すれども 鳴く音しめらず

土の膚 乾く日向の 薄ら影 すみれの花は あてにやさしき

築山の 笹の根かたの 日のあたり そよぐは みれば幽けさ

家垣の 椎の諸木の 鏡葉の 裏葉入り揉む 雪おろしの風

風隠の ぬくき垣内の 高野槇 これの一木の 春のしづけさ

椎のまに 楓嫩芽の あざやけき 吾が家垣を 愛でてこもらふ

春の蚊の 立ちそめにけり 芽楓の 下照りあかり しづけき土に

四阿屋に 虎斑の竹の 葉は落ちて いささめながら 雨ふれりけり

風竹を 萬古の狸 立てりけり 春の日暮は 愚かなるらし

うち沈み 石の面蒼し かへるでの 若葉明りに 蚊のちらひをる

若葉して いくら経たぬを 楓の 葉べりはあかく 染み出すずしさ

春は朝 ほのぼのい凭る 吾が窗を 小雨のり來る とべらの木見ゆ

石のべや 若葉かへでと よくうつる 春日燈籠に 雨ふりにけり

築山の 天満宮に 雨はふり 春雨にあれや ふたもと赤松

笠の松 たゆらたゆらに ありにける 風ありしとも 見えぬ春雨

おもしろの 春雨やとぞ 人の言ひにける その雨ふれり さくらの花に

中垣を こなたへ明る 山吹の 八重咲きの花は 雨ふかき花

ここの庭 ひろびろと雨の 降りにけり 朝出でて見る 山吹の花

和歌と俳句