北原白秋

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湯崗子 凍むる竝木の 間にして 帽子の赤き つまみが行くなり

湯崗子 氷は厚し 我が買ひて 赤きサンザシを かき噛りつつ

仰ぎ見て さむざむとある 白塔の 薄日なるなり 巣くふ鵲

騾と馬と 竝び曳き行く 荷の車 焼鍋ならし 甕高く積む

泥濘は 薄日の土囲に 片避けて 人影顕つか そのほつほつに

寂びつくし 楊も土囲も あらはなり この冬の日の 道をひろふに

冬楡に しらしらとある 日の在処 土囲曲り来て 我は仰ぎつ

黒豚の 仔豚走り出 陽は寒し 観音寺山の 表を来れば

鵲の 声行き向ふ 北の晴 北陵のそらに 雲ぞ明れる

太宗 文皇帝の 陵とふ 北陵はけだし 松の陵

霊廟の 南おもての 日のあたり 氷は池に かがよひにける

牌楼の 影は日向と 閑かなり 狛犬が見ゆ うしろなで肩

奉天北陵の 壇道を踏み のぼり来て ひえびえとよし 春の松風

寒空に い照り映ろふ 黄の甍 目もあやにして ここは霊廟

森ふかし 対ひ衝立つ 石獣の 影多くして 音無かりけり

陵の この松かげに 人をりて 茶をたつる湯気の ほのぼの寒し

風鐸の 音四方に起りて 春あさし 隆恩殿に 向ひて歩む

朱砂の楼 隆恩門に 我が向ふ 内庭さむし 斑雪吹く風

帝王の ただに践ましし 玉の階 我ぞ踏みのぼる 松風をあはれ

丹の柱 黄金甍の 端にして 寝陵は見ゆ 円き枯山

鳶の声 澄みつつ舞へれ 陵の 槐は枯れぬ 墳に槐は

角楼は 石段狭し 傍のぼる 高壁の内外 雪こごり積む

和歌と俳句