和歌と俳句

富安風生

1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12

二歩ふめば二歩近づきぬ春の富士

旅を来てお弓の国のおぼろ月

湯の邑を靨にふくみ春の山

萌え出でて刃のごとき一芽あり

岩かげの落葉は濡れず春の雨

春山に薪を積める鮮らけき

春やむかし路標の仮名も山陽筆

廻廊に献じて春の燈かな

落木の相美しく春の雨

の声も溺るる霧の海

青麦に菜の花の黄の滲み出づ

野の墓を標するごとく白し

春の山湯邑のために高からず

海に入ることを急がず春の川

噴湯の二柱を樹つる花の中

春山を伐りて髻の松残る

歯朶たけての心礎をかくさざる

濁し手に仔細に柳さくらかな

聖寵を垂るるがごとく春の

端座して四恩を懐ふ松の花

大藁家辛夷がくれになき如し

猫の子の爪硬からず草若葉

金魚田にうつる遠くの花の雲

春昼といふ大いなる空虚の中

春潮の膨れて生める島一つ

大杉のさしはさみたる花の磴