二歩ふめば二歩近づきぬ春の富士
旅を来てお弓の国のおぼろ月
湯の邑を靨にふくみ春の山
萌え出でて刃のごとき一芽あり
岩かげの落葉は濡れず春の雨
春山に薪を積める鮮らけき
春やむかし路標の仮名も山陽筆
廻廊に献じて春の燈かな
落木の相美しく春の雨
鶯の声も溺るる霧の海
青麦に菜の花の黄の滲み出づ
野の墓を標するごとく梅白し
春の山湯邑のために高からず
海に入ることを急がず春の川
噴湯の二柱を樹つる花の中
春山を伐りて髻の松残る
歯朶たけて塔の心礎をかくさざる
濁し手に仔細に柳さくらかな
聖寵を垂るるがごとく春の磴
端座して四恩を懐ふ松の花
大藁家辛夷がくれになき如し
猫の子の爪硬からず草若葉
金魚田にうつる遠くの花の雲
春昼といふ大いなる空虚の中
春潮の膨れて生める島一つ
大杉のさしはさみたる花の磴