和歌と俳句

與謝野晶子

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ゆく春の 春日の宮の 玉垣の 松の根にちる 山ぶきの花

月の描く 影の中にも かたちよく をかしきものは 狼の耳

ありし日は 無き名とりても 泣かざりし 少女なりけむ つよき女よ

もの思はず 疾く寝たまひし 春の人 弟とよび かたはらに寝ぬ

白麻に 千鳥染めたる 夜のものを あさましからず 被ける少女

ある時の ありのすさびも あはれなる もの思ひとは なりにけるかな

雁かへる 春の夕の 天つそら ながめてあれば まぼろしぞ立つ

君住めば よろし十株の 紅梅を 畝にうゑたる 興なきことも

春の雪 たわわに降れり 上加茂の 村につづける 堤の松に

としごろは 知らぬ品なき かごとして わがはづかしき 朝のうぐひす

ある街の 春の夕に 白き頬の かくれし木戸を わすれかねつも

島田結ひ 大阪人と よばるるを われにふさひし 名ともせしかな

あかあかと 柑子のいくつ かかりたり 深雪の崖の 一もとの木に

むらさきの 女松の上の あかつきの あかねの中に うぐひす飛びぬ

夕かけて かけひをつたふ 雪解は 春の雨より なまめかしけれ

水に似し 風のかよひて 白き花 ちる国しりぬ 夜な夜なの夢

命あらば 逢はむとぞ思ふ いそのかみ 古き日かへし われ恋ふ君に

雨がへる てまりの花の かたまりの 下に啼くなる すずしき夕

草の原 小舟ばかりの むしろしき あればゆらゆら 月のぼりきぬ

若き人 二また路に 迷ふなと その一方を 石もてふたぐ