和歌と俳句

與謝野晶子

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何ものに 心をそそぐ はしきやし 天稚彦と おもへる人に

去年ありし 赤児の笑に たぐへつる こすもすの花 匂ふ秋きぬ

大殿に 孔雀を飼ふと 云ふ如く 我をも愛でよ 貴人ならば

蕗の葉の 旧きを掃けば むらさきの 牡丹の芽とも 見ゆる蕗の芽

つと白き ましろの鳥の あまた飛ぶ ぴあのの下に わたつみの湧く

おろかなる 心が建てし 楼台の くづるる音も ここちよきかな

開かれて おのれ入りたる 大門よ のちも閉ぢざる この大門よ

心をば 大しろがねの 板として 空に張るなり 秋風吹けば

夏川に 大きけものの 歯の如き かぶらを洗ふ 里男かな

水に行く サツフオオの死か 蛇に身を 噛ませたる クレオパトラか

髪に来て 山風舞ひぬ 塩の湯の かへでの形の からかみのもと

秋の日の かのまた川の 桜沢 けはしき峡に 水のおどろく

岩の湯は 陶器のごと 対岸に 唯ひとつあり 風な吹きそね

あはれなる 蔦の紅葉は 手に枯れぬ 羽団扇に似る 板屋紅葉も

前の馬車 煙草のけぶり 三筋立て 霧ふる山の 塩原に入る

山の滝 岩にかかはる しら衣に 似るものながら 音のおどろし

橋築る 隣にいたく 古りし橋 人も通はず かささぎの居る

人きたり 高原山の 雷鳥の 巣などを語る 石の湯ぶねに

那須の原 紅葉の中の 黄なる葉の 大木に来て 馬の息吐く