北原白秋

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日だまりに 光りゆらめく 黄薔薇ゆ すり動かして ゐる鳥のあり

黄薔薇 光りゆらめく とも知らず 雀飛び居り ゆらめきつつも

寂しさに 浜へ出て見れば 波ばかり うねりくねれり あきらめられず

寂しさに 男三人 浜に出で 三人そろうて あきらめきれず

海人が子が 潜り漕ぎたみ みるめ刈る ここの漣 かぎり知られず

八景原の 崖に揺れ揺る かづらの葉 かづら日に照る あきらめられず

小牛ゐて 薊食み居り 八景原 小牛かはゆし あきらめきれず

来て見れば けふもかがやく しろがねの 沖邊はるかに ゆく蒸汽のあり

日が照る 海がかがやく 鰯船 板子たたけり あきらめきれず

八景原 春の光は 極みなし 涙ながして 寝ころびて居る

あまつさへ 日は麗らかに 枯草の ふかき匂ひも ひもじきかなや

日の光 ひたと声せず なりにけり 何事か沖に 事あるらしや

ただひとつ 紅き日の玉 くるくると 沖にかがやく あきらめきれず

空赤く 海また赤し 八景原 なかのとんがり山 なぜ黒いぞな

雲雀啼く 浦の廓の 田圃みち 行けばさびしも まだ日は暮れず

何かしら 笑ひ泣きする 心なり 野菜畑に 鰯ころがる

来て見れば 鰯ころがる 蕪畑 蕪みどりの 葉をひるがへす

日暮るれば 枯草山の 枯草を ただかきわけて いそぐなりけり

夕されば 涙こぼるる 城ヶ島 人間ひとり 居らざりにけり

おめおめと 生きながらへて くれなゐの 山の椿に 身を凭せにけり

和歌と俳句