北原白秋

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寂しけど 麦稈帽子ゆ 照りこぼるる 夏の光を 凝視めて行くも

寂しけど 煌々と照る のぼり坂 ただ真直に のぼりけるかも

幅ひろの 光なだるる なだら坂 動くばかりに 見えにけるかも

崖の上に 照りてゆらめく ものひとつ 大いなる百合と 見て通りたり

寂しさに 油壷から 小網代へ 歩みかへせど 昼ふかみかも

寂しさに 山の真昼の 赤鳥居 深くくぐりて また出て来るも

屁の神の 赤き祠の 真つ昼間 大肌になりて 汗ふきにけり

草ふかき 切りそぎ崖に 大きなる 男寝て居る 寂しきものか

鵜の鳥と 共に飛ばむと したりしか 鵜の鳥飛ばんとして飛びてゆく

飛びかける 鳥につかまれ 燦めく魚 生きたる心地も なかるらむあはれ

飛びかける 鳥魚をつかみ あはれあはれ 耀きの空に 堕ちなむとする

しみじみと 海のはたてに 見し煙 いつのまにやら 大船となる 大船となる

いつまでも 向う向きたる 人の頭 いよよ光れば いよよ憎しも

城ヶ島の 女子うららに 裸となり 見れば陰出し よく寝たるかも

城ヶ島の 女子うららに 裸となり 鮑取らいで 何思ふらむか

うつらうつら 海を眺めて ありそうみの 女子裸と なりにけるかも

蛸壺に 蛸ひとつづつ ひそまりて ころがる畑の 太葱の花

深深と 人間笑ふ 声すなり 谷いちめんの 白百合の花

真白なる ところてんぐさ 干す男 煌々と照り 一人なりけり

和歌と俳句