夕暮の 余光のもとを うち案じ 空馬車馭して ゆく馭者のあり
屋根の太陽は 赤く澱みて 石だたみ 古き歩道に 暮れ落ちにけり
夕されば 大川端に 立つ煙 重くかたむく 風吹かむとす
悲しくも 思かたむけ いつとなく ながれのきしを たどるなりけり
風寒く 夕陽黄ばめり 冬の水 いま街裏を 逆押してゆく
夕されば ひとりぼつちの 杉の樹に 日はえんえんと 燃えてけるかも
あかあかと 枯草ぐるま ゆるやかに 夕日の野邊を 軋むなりけり
悲しとも なくてなつかし かがやかに 夕日にかへる 枯草ぐるま
道のべの 道陸神よ あかあかと 日照り隈なし 道陸神よ
日は暮れぬ 人間ものの 誰知らぬ ふかき恐怖に 牛吼えてゆく
恍惚と よろめきわたる わだつうみの 鱗の宮の ほとりにぞ居る
水あさぎ 空ひろびろし 吾が父よ ここは牢獄に あらざりにけり
深みどり 海はろばろし 吾が母よ ここは牢獄に あらざりにけり
不尽の山 れいろうとして ひさかたの 天の一方に おはしけるかも
ほがらかに 天に辷りあがる 不尽の山 われを忘れて わがふり仰ぐ
わがこころ 麗らかなれば 不尽の山 けふ朗らかに 見ゆるものかも
不尽の山 麗らかなれば わがこころ 朗らかになりて 眺め惚れて居る
父母と 海にうち出で めづらかに 浮世がたりを 吾がするものか
不尽見ると 父母のせて かつをぶね 大きなる櫓を わが押しにけり
垂乳根の せちに見むといふ 不尽の山 いま大空に あらはれにけり
大方に うれしきものを 不尽の山 わが家のそらに 見えにけるかも
大きなる 櫓櫂かついで 不尽の山 眺め見わたす 男なりけり