北原白秋

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恋しけど おゆき思はず 蓴菜の 銀の水泥を 掌に掬ひ居つ

人なれば われもまことに 憔悴す 蓴菜光れ この沼深く

蓴菜を 掬へば水泥 掌にあまり 照り落つるなり また沼ふかく

明るさや 寥しさや 人も来ず 裸になれど 泣くすべ知らずも

寂しけど おのれ耀き 頚かぶす 膝までも深く 泥に踏み入り

驚きて つくづく見れば 鰻なり 一面に光る 沼のまんなか

この沼ゆ なにか湧きあがる 恐ろしき 光ある見て 逃げ上るわれは

照りかへる 薄刈萱 さみどりの ひろびろし野に ほつと出でつも

眼鏡橋 くぐりゆく水の をりをりに 深く耀き やがて消えつも

流れかね 耀きの輪を 水つくる そこに野菜を 洗へり真青に

日ざかりは 短艇動かず 水ゆかず 潟はつぶつぶ 空は燦燦

寂しけど 何も思はず この潟の 銀泥の中に 櫂を突き入れ

わが短艇 力いつぱい 動かすと 櫂を突き入れ 突きかがまるも

眼鏡橋を 中にわたして 茶屋三戸 ここの廓は 日の照るばかり

日の光 いつぱいに照る 眼鏡橋 誰か越えむと する眼鏡橋

眼鏡橋に 西瓜断ち割る 西瓜売 今ぞ廓は 昼寝のさかり

真昼間 子どもつまづき しばらくは 何の声だに せざりけるかも

眼鏡橋の 眼鏡の中から 眺むれば 柳一本 風にゆらるる風にゆらるる

和歌と俳句