言さへぐ 何の楽しみ 争ひて 声音高きが 多く怖ぢつつ
闇怖づる 弱き奴が 空声を 毛の荒ものの 如くふるまふ
女弟子 もつものにあらず しみじみと かく思ふゆゑに 身を退く我は
師をうやまひ 弟子をかなしむ さもあらばあれ 外ならぬかもよ 男女てふもの
ほのぼのと 歌ひあげゆく 声きけば 暢うらがなし うつくしき揺り
現しくも 恍れたる春の ゆふなげき おのれ揺りあぐる 声の羨しさ
よく歌ふ 春もあらねば 我やはた 歎きわぶなり 声の揺り聴き
歌ふとし 声に巧まば 流るばし 物のかなしき 心知りてな
うちあげて 朗らなりける 我が友の 牧水のこゑの 今もおもほゆ
歌ふこゑ 澄みぬる際よ すべからく 梁に塵も とどめざるべし
中空に 紫あかる 月夜雲 九十九里の浜の 春のしづかさ
月や春、北之幸谷の 村方を 舞ふ獅子舞の 笛もこそ行け
ひたしやぎり 月に吹く子が 横笛は 口もて吹かず 腰ゆすり吹く
口あけて くわんと鳴らした 頭のひねり 獅子はおもしろ 家に躍り入る
東金の 茂右衛門どのと いふ謡は 春の朧の ものなりけらし
水ぐるま 春の月夜の 野平に 音立ててをり 遠かすむ森
夏向ふ この夜すがらに 月は照り 水車しづかや 米を搗く音
月夜立つる 水車の音は 夜ごもりと かすむ草田の 低みより立つ
音ひびく 春のおぼろを 人すでに 意識すら無しと 月の曇りを
月おぼろ 草田の堤 歩み来て 今は聴きをり 蟇を蛙を
夏すでに 月の堰の 遠近に 蛙啼きつつ 水幅明るむ
マチ擦りて 子らとうかがふ 砂利道に 杉菜のみなる 露のこまかさ
風そよぐ 蓬のうれ葉 裏見せて しろき月夜を 田へ下りるなり