北原白秋

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老いし兵 笑落しつ かきかぞへ 一二三四五六七八九人の子

召されけり 老いし兵 若やぐと 面もふらね 多きかも子ら

小童らかよ 末は名すらも 忘れつと 兵後言はず 将たや忘れし

老いし兵 強き日差に 歩を張れり むしろ叫びて 駈けたかるべし

点呼なり 若葉しづもる 午行くと 兵は照る陽の 地に灼くる踏む

死ぬべくぞ 兵は戦へ かりそめと 病みてな還り 草も灼くるに

手もすまに 養ふ蚕かなしび また書かず 兵が妻や 九人の母や

立つとして 今は安きか 兵彼ら 生死の外に 遊べるごとし

壺口の 防毒マスク 管長し 若葉光るに をどり出て来る

蒸しむしと 夜眼に撲ち来る 土ほこり トラツクとどろき 兵発ちはじむ

兵の妻 九人とふ 子の母の また細るらし 家貧しきに

兵の家 事に嘆たず 貧しくも 国を頼めて 養ふ蚕あげにき

山と言へば 子ら九人 母のみに かつかつ暮らす 冬日おもほゆ

兵の家 雑木端山の 後空も 朝寒むからむ 子らの騒ぎて

前線に 今ぞ発つとふ 文ありて 生死もわかぬ 戦勝ちぬ

秋ざくら 花みだれゆく 庭にして 何くれとなく 干す日はつづく

霜夜着る 幼な小衾 継ぎあてて 仕立て送らな 内のさがりを

小ぎれもの 掻集め送る 菰巻に 古綿畳ね キヤラメル九つ

和歌と俳句